長編【下弦は宵闇に嗤う】

□2.初任務
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疲れた身体で支給された隊服を抱えながら、やっとの思いで里へと帰ってこれた。里の皆に帰ってきたことを報告して、すぐに身体を休めた。というよりは倒れるように寝てしまったというのが正しい。

選別から帰ってくる時に頭の片隅では覚悟していた。ここは刀鍛冶の里だ。だから、見覚えのある形の玉鋼が、机の上に置かれていても何ら不思議ではないのだ。

「おじいちゃん、私を呼んだのって…。」

「当たり前や!ワシだけやったら間に合わへんやろ!!」

熱気が身体を包んでじわりと額に汗が滲む。毎年この時期になると里の数人が集まり、選別で生き残った鬼殺隊士の日輪刀を打つのだ。その数人の中には私も含まれていた。

「どれでもいいの?」

「良いわけないやろ!!」

ああ、きっと炭治郎や名前を忘れてしまった金髪の彼は、今頃身体を休めているに違いない。なのに私はこんな熱い場所で汗をかきながらおじいちゃんに怒られて…。
刀を打つ時のおじいちゃんは本当に怖い。それだけ本気だということだけれど、未だに慣れない。

「ヒツメの日輪刀は、ワシが打つ。」

そう言うとおじいちゃんはいくつか並んでいる玉鋼から迷う事なく私の選んだ玉鋼を手に取る。

「え、どうしてそれだって分かったの?」

「ん?適当や!」

その返答に吹き出すように笑ってしまう。
私が任されている工程はいわゆる『研ぎ』の工程だった。

「ヒツメちゃん、昨日帰ってきたばかりなんだろ?」

腰掛けに座り、打ち上がったばかりの刀の研ぎ方を見定めていると、里の中でも仲の良いおじさんが話しかけてくれた。

「そうなんですよ。おじいちゃんってば人使いが荒いですよね。」

苦笑いしながらそう言うと、おじさんはひょっとこのお面の下で笑った。

「まぁ、でもその方がヒツメちゃんの元気も出るって思ったんじゃない?」

確かにそうなのかもしれない。いつもと同じ作業をする事で、これからの任務や仇について悪い想像をしなくて済んでいる。刀を研いでいる時は、瞑想しているかのように心が落ち着くのだ。
勿論任務や、仇については考えない方が良いわけじゃない。ただ、やっぱり不安な時に一人で考え込むと悪い方へと想像が膨らんでしまうものだ。

「よく見てるなぁ。」

おじいちゃんは刀だけを見てるわけじゃない。私の事だけでなく、里の皆の事をよく見ているし、気にかけてくれている。
その観察力は自分が打った刀を握る人間の姿まで見えてるのかもしれないとまで思えてしまうことがある。
流石にそんな訳ないか。

机の上で、避けられるようにして置かれていた一つの玉鋼を私は手に取ったのだった。



「どこ行くの?」

「っ…え?!」

驚いて口から心臓がまろび出るかと思った。いや、冗談じゃなく、本当に。

「あなた…喋れるの?!」

木の箱に納めようとした日輪刀を、取り落とすところだった。自分のならまだしも、他人の日輪刀なのだから絶対に落としたりしてはいけない。そんな事をしたら、おじいちゃんに怒られてしまう。

視線を上げると、文机の上に真っ白い鴉が一羽とまっていた。最終選別で、連絡用の鎹鴉をつけると言われた時に見かけたような気がする。

「もちろん。連絡用の鴉だからね。」

「そ、そうなんだ…。」

連絡用って、文を届けたりするだけだと思っていた。それに、選別の時にも思ったけど、白の鴉なんて珍しい。鴉って普通は黒なんじゃ…。

「他の鴉と一緒にしないでね!」

心を読まれてしまったことに思わず笑ってしまう。なんだか友達が出来たみたいで嬉しかった。

「あなた、名前は?」

「…クイナ。」

「私はヒツメ。クイナ、よろしくね。」

声の高さと話し方からするとクイナは女の子だろう。

「で、どこ行くの?」

「あ、そうだ。日輪刀を届けに行かないと。」

自分が打った刀は自分で届けに行く。別にそうと決まっている訳ではない。ただ、やっぱり色変わりの刀は使い手が握って始めて完成と言えると思う。これは里の皆が思ってることだろう。
どんな隊士がどんな色に、この刀を変えるのかをこの目で見届けたい。

「我妻…って誰だっけ…?」

何処かで聞いた気がする名前だったけど、思い出せない。まぁ、用件は日輪刀を渡す。それだけだ。

「初任務、その我妻隊士と一緒だよ。」

「え、そうなんだ。」

刀を渡してその隊士と初任務とは。不安もあるけど、お母さんの仇に、少しでも近づけたという実感の方が大きい。耳元でお母さんの耳飾りが呼応するように揺れる。
日輪刀が収まった箱を抱えて、私はクイナと共に里を発ったのだった。


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