長編【下弦は宵闇に嗤う】
□3.鬼狩りの業
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「伏せて!」
その声に、俺は咄嗟に身体を伏せた。頭の上を何かが掠めて恐怖に身体が縮こまる。だから選別なんて来たくなかったんだ!
見ず知らずの、しかも女の子に助けてもらって嬉しい…じゃなくて恥ずかしいと思いながら手を繋いで山道を走る。白い羽織がひらひらとはためいて綺麗だ。ってそんな場合じゃない!
鬼の音が聞こえないところまで走って、女の子は立ち止まった。女の子と手を繋ぐなんて久しぶりだ!なんて喜びながら彼女の顔を見たらすごく面倒くさそうな顔をしていて、ちょっと申し訳なく思った。
「あの、俺と何処かで会った気がしない?」
口から勝手に言葉がまろび出た。何を言ってるんだ俺。助けてもらってお礼も言わずに下手な口説き文句を口走って。なのに、俺は何かを期待してた。いや、この口説き文句に頷いてくれることじゃなく。
本当に会ったことがあるような気がしたから。
「私の知人に金髪は1人もいません。さようなら。」
「あ、待って!」
言い終わると同時に走っていってしまった。結局お礼言いそびれたなぁなんて思ってたらお互い選別を生き残れて名前を聞くことができた。
ヒツメちゃんと話すうちに、俺はなんとなく分かってしまった。ヒツメちゃんは、常に俺の左に居る。歩いていても、話す時もきっと無意識に左側を。
それはまるで、左側の音が聞こえていないかのようで、俺は一人の女の子を思い出した。小さい頃、いじめられて怪我をした俺を手当てしてくれて、一緒に遊んでくれた女の子。俺が初めて好きという感情に気づいたきっかけ。
俺はずっと、あの女の子の音を探してた。半ば自棄になりながらあの子に似ている女の子に声をかけては惨めに縋り付いた。
でもヒツメちゃんは違った。ヒツメちゃんはあの子に似ているというより、俺が探していたのはこの子なんだって殆ど理由もないのに確信したんだ。
「、…?」
目を開けると黒い髪が風に靡いているのが見えた。さらさらと揺れる髪から石鹸のようないい匂いがする。目蓋が閉じられていて肌が陶器のように白くて人形のようだ。どくんどくんと心臓が煩いくらいに鳴って、身体が熱くなる。
俺達は一緒に初任務に来て、ヒツメちゃんが俺の姿をした鬼に襲われてるところを無我夢中で助けたところまでは覚えてる。でもその後の記憶がない。どうしてヒツメちゃんは俺を膝枕してくれてるの…?!
混乱して状況を飲み込めないままゆっくり身動ぐとヒツメちゃんの眉がぴくりと動いた。
「ん…」
目蓋が開いて、まるい瞳が俺を見る。今すごい顔赤いと思うからあんまり見ないでほしい。ヒツメちゃんの膝の上で焦る俺を見てヒツメちゃんは寝ぼけ眼を擦りながらふにゃりと笑った。
「おはよう、善逸。」
その笑顔に胸がきゅう、と締め付けられる。その瞬間、身体が勝手に動いて、ヒツメちゃんのお腹に強くしがみついた。
「俺、ヒツメちゃんが好きだ。」
ああ、どうして俺っていつも心の声が出てしまうんだろう。この時ばかりは本気で自分の軽率さを呪った。
会って間もない人間に、腹なんかにしがみつかれて好きだなんて言われて。気持ち悪いと思われても仕方ない。なのに何故かヒツメちゃんは振り解くこともせず、困った音をさせて笑っていた。
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