長編【下弦は宵闇に嗤う】

□3.鬼狩りの業
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雷のように見える紋様が刻まれた抜身の刀をじっと見つめる。そんな私を見つめる善逸。何とも可笑しな構図が出来上がっている。

「見てても面白くないでしょ。」

「そんなことない。ヒツメちゃんのこと知りたいもん。」

初任務を終えてから、こういう事を言われてすぎて、慣れてきてしまっている自分が居る。クイナに任務の報告内容をしたためた文を渡してから帰ってくるまで、特にすることもなく善逸の刀を眺めていた。刃こぼれしていたら研ぎ直してあげようと思ったのだけれど、その必要は無かったみたいだ。剣士が未熟だと骨のような硬いものを一度斬っただけでも刃が欠ける。それに比べて善逸の刀はとても綺麗だった。

「はい、ありがとう。」

「え、もういいの?」

「うん。特に刃も欠けたりしてないから。」

「だってまだ何も斬ってないもん。」

鞘に日輪刀を納めると善逸へと手渡す。

彼は初任務の時のことを覚えていないようだった。鬼に襲われている私を助けて、そこから記憶が無いのだそうだ。だから実際に鬼を斬ったのは善逸なのに、私が斬ったのだと彼は本気で思っているようだった。

「じゃ、私はもう行くから。」

「え、どこ行くの?!俺も行く!」

「善逸は新しい任務来てるでしょ。」

「えっ…なんで知ってるの…?」

ぎくりとした顔で善逸は狼狽える。善逸の鎹鴉、チュン太郎から善逸を任務に行かせるようにお願いされた、というのは黙っておこう。ほらほら、と背中を押すと振り返りながら泣きそうな顔で私を見つめてくる。
さながら見捨てられた小動物のようで助けてあげたくなるがここは堪えなければ。

「ねぇ、俺死んじゃうよ!いいの?!この前はヒツメちゃんが鬼を斬ってくれたから助かったけどさ!俺本当に弱いの!!」

「大丈夫大丈夫、自信持っていいから。」

「どこから来るの!その自信!!」

実際にこの目で見たから。なんて言っても信じてくれないのは分かっている。でも早く任務に行ってもらわないと。鬼によって傷つけられる人を増やしたく無い。

「分かった。じゃあ私が行く。」

「え、ちょっと、本気?!本気なの?!」

がしっと肩を掴まれて前後に痛いほど揺さぶられる。

「善逸が行かないなら仕方ないよ。」

「行くよ!行くからそういうこと言わないで?!」

善逸からしてみれば、自分一人で任務に向かうなんて、本気で死んでしまう、と考えるのも頷ける。
行く、と言ったものの善逸の表情は変わらず曇ったままだ。

「善逸。」

「ううっ…なに…?」

「私は善逸の本当の強さを知ってる。だから自信持ってよ。」

少しは励ましになっただろうか。俯き加減の善逸を覗き込む。顔を真っ赤にした彼は慌てて背を向けてしまう。そんなに照れることじゃ無いと思うけど。

「この前の約束、絶対忘れないからな!俺はとってもしつこいんだぞ、舐めるなよ!!」

そのまま善逸は走って行ってしまった。やっと行ってくれた。鬼を斬る実力はあるのに覚えてないなんて本当に損だと思う。



初任務の後、私の膝の上で目を覚ました善逸が開口一番に言った、好きだ、という告白。そして彼は真剣な表情のまま、『恋人になってほしい』とまで言ってきた。幼い頃に一緒に遊んでいたとはいえ、再会してまだ日も浅い。でも善逸が本気だということは匂いで理解できた。だけど私にはまだやるべきことがある。

目的を果たすまで待ってほしい。

その目的が何なのかは彼は聞かなかった。善逸はこの約束に、ただ静かに頷いてくれた。

「そういえば、『菫ちゃん』覚えててくれたんだね。」

「え、俺がヒツメちゃんをそう呼んだの?!」

善逸は鬼と対峙した時のことを覚えていない。だから私のことを『菫ちゃん』と呼んだことも勿論覚えていなかった。彼の言う、『菫ちゃん』は私であることを伝えると、善逸は私が思っていたよりも驚かなかった。

「絶対そうだと思った!」

「選別で会った時、変な口説き方してきたもんね。」

「あれは無意識だったの!!」

それにしてもあの口説き文句は上手いとは言えなかったな。でも善逸が私のことを覚えていてくれて良かった。そのお陰で初任務を切り抜けられたのだ。それに私だけが覚えているというのも面白くない。
顔を赤くして慌てる善逸に、私は破顔した。

善逸に告白された時、嫌な気は全くしなかった。すぐに、死んじゃうなどと嘆くのは些か面倒だと思うけれど。それでも、一緒に居て楽しい、という気持ちの方が大きかった。
でも私はお母さんの仇を討つために鬼殺隊に入隊した。善逸のことは嫌いじゃないけれど、今はお付き合いどうこうと考えている余裕はない。

私の目的はお母さんの仇を斬ること。
仇の鬼、十二鬼月の零余子。十二鬼月とは始まりの鬼『鬼舞辻無惨』に認められた鬼達のことで、他の鬼よりも格段に強い鬼ということになる。

私は今よりもっと強くなりたい。
そして私の事を嗤ったあいつの首を絶対に斬るんだ。


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