長編【下弦は宵闇に嗤う】

□4.鼓屋敷と猪男と箱鬼
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鏡の中を移動する鬼を討伐した私は休む事なく次の任務へと向かっていた。幸いここまで体を少し打っただけで怪我も負っていない。鬼を相手にしてほぼ無傷で任務を遂行できたのは運が良かった。

「ねぇ、さっきから何してるの?」

歩く私の肩に乗るクイナがしきりに羽を伸ばしたり、毛を啄んだりしている。その度に伸ばした羽が視界を覆うので流石に気にせずにはいられない。

「チュン太郎に会うから身嗜みを整えてるの。」

「あ、そうなの…。」

チュン太郎に会う、ということはまた善逸と一緒に任務なんだろうか。欠伸を噛み殺しながら歩いていると、クイナが突然両羽を広げて飛び立つ。

「じゃあ、死なないで頑張ってね。」

クイナは大きな羽を羽ばたかせて飛び去っていく。白状だな、と思うと同時にやっぱり羨ましくも思った。

生茂る木々を抜けた先に、陰鬱な雰囲気の大きい屋敷が見えた。ふと鬼の臭いがして辺りを見渡すと、背の低い雑草の中に大きめの木製の箱を見つけた。近寄ってみるとなんと側に男女の兄弟が震えながら座っていた。

「どうしたの、大丈夫?」

怖がらせないように、優しく声をかける。この箱の中に鬼がいる、なんて言ってしまえば混乱させてしまうかもしれない。気づかれる前になんとかして遠ざけたい。

「鬼狩りのお兄ちゃんが屋敷の中に…」

「え?」

兄弟の言う『鬼狩りのお兄ちゃん』が誰かは分からないけど、鬼殺隊であることは間違いないらしい。

「この箱はそのお兄ちゃんが置いて行ったの?」

「うん、この箱が守ってくれるからって…。でも変な音がして…」

確か善逸はこんな箱を持っていなかった。きっと彼は鬼がいる箱なんて一目散に置いて逃げてしまうんだろう。じゃあ誰のものだろうか。箱の中に鬼がいることは間違いない。だけど私が来るまで箱の中の鬼はこの兄弟を食べていなかったし、隊士が敢えて置いて行ったとも考えられる。

「俺、やっぱりお兄ちゃんを追いかける!」

「あ、待って!!」

私の静止を聞かずに兄弟は屋敷の中へと入っていく。せめて私が守らなきゃ、と追いかけるように屋敷の中へ足を踏み込む。ぞわりと肌が粟立つ臭いに顔を顰めながら兄弟を探す。
楽器のような高い音。それが聞こえたと同時に、目の前にあった襖の形状が変わる。いや、襖だけじゃない。部屋そのものが変わったというほうが正しい。



「そこのお前、どけ!!」

声がして、振り返ると猪の被り物をした男が私に向かって走ってくる。上半身が裸でなければ、男女の判別も出来なかっただろう。その両手にはぼろぼろの刃の日輪刀が握られていた。突進してくる男を交わし、背後に回り込んで下履きの腰部分を掴む。

「てめー、邪魔すんのか?!」

「あなた、鬼殺隊員じゃないの?!」

「うるせぇ!俺は強いやつと戦う!!」

駄目だ、話が通じない。日輪刀を持っているからほぼ鬼殺隊員で間違いないと思うのだけれど。こんな人が鬼殺隊に居るなんて。でも私にはそれよりも許し難い事があった。

「こんな刃じゃ鬼を斬れないでしょ!」

鍔元から刃先まで見事にぼろぼろに欠けている。よくもこんな刃をそのままにしておいたものだ。このまま本当に鬼と対峙するつもりなのだろうか。

「離せよ!この…!」

男は刀の柄の部分で私を攻撃してくる。下履きを掴んだまま、後ろから男の首に腕をかけて下方向へと引っ張る。普通こうすれば、体勢を崩すはずなのだがなんと男は踏ん張り、上半身だけを倒してきたのだ。この姿勢で立っていられるなんてあり得ない。身体が柔らかすぎるなんてものじゃない。
驚く私の拘束を振り解くと、私へ向き直りなんと日輪刀を構えて向かってきた。

「邪魔するんじゃねぇ!!」

思わず刀で攻撃を受け止める。本気で攻撃してくるなんて、何を考えているんだ。欠けた刃が私の刀と擦れて歪んだ音を立てている。駄目だ、相手をしてられない。私は鬼を斬りに来たのであって、隊士と戦っている場合ではないのだ。

一瞬だけ刀を押し返して、するりと横へと抜ける。力をかけていた男は前のめりに体をよろめかせた。鬼を斬ることを最優先にした私は吠える男を無視して屋敷の中を走り抜ける。

「逃げんのか!弱味噌がぁ!!」

男はなんと叫びながら私を追いかけてきた。足が速く、追いつかれそうになる。襖を通った瞬間、先ほども聞こえた楽器の音と共に後ろの声も消えた。やはりこの音が鳴る度に部屋が変わる。恐らくこの楽器、鼓の音で部屋を自在に入れ替えることが出来るんだろう。

「あっ…!」

突然聞こえた声の方へ向き直りながら同時に手にしていた刀を構える。そこには怯えた様子で鼓を片手にした男の子が座り込んでいた。

「大丈夫?!」

「あ、人間…?!」

男の子は私の姿をみると気の抜けたように肩の力を抜いた。そっと近づいて声をかける。

「偉いね、よくここまで頑張ったね。」

「お姉さんは鬼狩りの人…?」

「うん。助けにきたから安心して。」

私の言葉に男の子はぼろぼろと涙を流しながら何度も頷いた。今の私にこの男の子を守りながら戦うのは少し難しいかもしれない。隠れていてもらうか、なんとかして外へ出してあげないと。
思考する私の後ろで襖が勢いよく開く。弾かれたように刀を構えて体勢を整える。だけどその襖を開いたのは久しぶりに見る顔だった。

「炭治郎!」

「ヒツメも一緒の任務だったんだな!」

ほっと胸を撫で下ろして刀を仕舞うと、後ろに隠すようにしていた男の子に、炭治郎が連れていた女の子が抱きつく。よく見ると外で見かけた兄弟の妹だ。

「俺は竈門炭治郎、悪い鬼を倒しに来た。」

炭治郎は優しい笑顔で微笑みかけながら男の子の傷を手当てする。その緊張の解し方と手際の良さに感嘆していると、炭治郎の動きが止まる。私も遅れてすぐ、鬼の匂いが近いと気づく。

「俺はこの部屋を出る。」

炭治郎の言葉に、私と兄弟は驚く

炭治郎は怪我をしている。どことなくぎこちない動作は見ていて分かる。

「私が行くよ。」

炭治郎は一瞬驚いた表情をしたけど、すぐに首を横に振った。

「ヒツメはこの部屋で二人を守ってくれ。」

「でも…っ!」

「二人は女の子が側にいた方が安心するみたいだから。」

炭治郎は選別の時と同じ優しい笑顔で続けた。

「大丈夫だ、俺はまだ戦えるから。」

炭治郎の代わりに私が行こうとする意図を、彼は分かっていたようだった。
炭治郎は兄弟に鼓を打つように言うと、私の静止を聞かずに飛び出して行く。炭治郎が襖をくぐると鼓の音と共に姿が消えた。


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