長編【下弦は宵闇に嗤う】

□8.恋柱の指南
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ヒツメちゃんと花を摘みながら笑い合う。だけど何かが違う。
ヒツメちゃんには何か大事な目的があったんじゃなかったっけ。
それが終わるまでヒツメちゃんを待ってるって、俺はそう決めたんじゃなかったっけ?

「善逸、伊之助!」

ヒツメちゃんの声が遠くで聞こえて、はっと我に返る。揺れる列車の音に、自分は眠っていたのだと気づく。炎柱の煉獄さんから鬼が出ると聞いて降りたい!と言ったところまでは覚えているけど、そこからの記憶がない。
まだ眠っている様子の伊之助と、何故か不機嫌そうな禰豆子ちゃんが俺の側に居た。

「あの、大丈夫ですか?」

一つ向こうの座席から、ヒツメちゃんの声がする。俺は状況を確認しようと身体を起こした。

「ひ、人殺し…!!」

別の男の声も聞こえる。後ろから見るヒツメちゃんの肩は震えていた。

「お前の無意識領域…あんなに死体が…!!」

ヒツメちゃんは何も言わず、否定もしなかった。

「俺の前でヒツメちゃんのこと悪く言わないでくれる?」

聞き捨てならなかった。ヒツメちゃんから、傷ついた音がしていた。本当に人殺しなら、こんな音はしない。聞いているこっちまでもが、泣きたくなるような音。

そして俺が起きていたと知るとヒツメちゃんは一瞬目を大きく見開いた。そしてすぐに伊之助と一緒に車両の外へと出て行った。



煉獄さんに言われた通り、俺と禰豆子ちゃんは前方の三車両の乗客を鬼の手から守っていた。炭治郎達が鬼の首を斬るまで耐えていた時だった。
列車全体が断末魔と共に激しく揺れた。車内の手摺りに捕まり、目の前にいた乗客と子供を抱きながら衝撃に備える。

「禰豆子ちゃん!!」

列車は脱線して横転、俺と禰豆子ちゃんと乗客の何人かは車外に放り出された。

「禰豆子ちゃん、大丈夫?!」

きょろきょろと辺りを見渡すと俺の横できょとんとした顔をしている禰豆子ちゃんがいた。そうだった、禰豆子ちゃんは鬼だから怪我をしてもすぐに治癒してしまうんだ。
ちょっと申し訳ないけど、禰豆子ちゃんが鬼で良かった。もし禰豆子ちゃんに何かあったら俺が炭治郎に殺されてたところだった。

「紋逸!どこだ!!」

俺の名前を間違える奴なんて伊之助くらいだ。横転した運転車両の方へと俺と禰豆子ちゃんは歩いていく。

鬼の首があった場所のせいか、この運転車両だけ鬼の肉片が多い。そこに伊之助と、切符を確認しに来た車掌さんと同じ格好をした男が立っていたんだけど、何やら騒いでいるようだった。

「伊之助、お前何してんの?」

「手伝え!この下に女が埋まってやがる!!」

運転車両に女?乗客なら全員眠っていたし、こんなところにいるはずがない。

何か、嫌な予感がする。

「俺のせいで鬼狩りの人が下敷きに…!」

運転手の言葉に、喉がひゅっと鳴る。この列車に乗っていた鬼狩りの女なんて一人しかいないじゃないか。

「……う、」

肉に覆われた車両の下から僅かな呻き声。俺の耳は聞き逃さなかった。まだ生きてる!

「よもやよもや。円の少女はこの下か!」

煉獄さんが現れたと同時に肉が崩れる。早すぎて斬撃が見えなかった。肉片の中にヒツメちゃんの真っ白の羽織りの裾が見えた。
禰豆子ちゃんと伊之助が車両を持ち上げてくれて、俺と煉獄さんはヒツメちゃんを助け出すことに成功した。

ヒツメちゃんの体は車輪に挟まれた脇腹が赤く染まっていた。少しでも位置がずれていたら確実に死んでいた。そして、鬼の肉が無ければ車両全体の重量がそのままヒツメちゃんの体にかかっていただろう。本当に危ない状況だった。
炭治郎の側にヒツメちゃんを一緒に寝かせると呼吸の音がいつもと違うことに気付いた。

「内臓を痛めているな。円の少女は無意識に呼吸で痛みを和らげようとしている。全集中の常中ができるとそういうことも可能だ。」

煉獄さんの説明に、一先ず安心する。でも早く蝶屋敷へ運ばなければいけないことには変わりない。

突然、俺の近くで轟音が鳴り響き、土煙りの中から人間ではない鬼特有の異質な音が聞こえた。


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