長編【下弦は宵闇に嗤う】

□9.邂逅
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「ヒツメ!」

蝶屋敷に足を踏み入れた瞬間、炭治郎に呼び止められた。任務帰りだろう、市松模様の羽織に禰豆子ちゃんが入った箱を背負っている。

「炭治郎、久しぶりだね。」

「ああ、元気だったか?」

ここ最近は単独任務が多くて同期の誰とも会えていなかった。だからこそ、今日ここに来れば誰かに会えるかも、と胸が弾んでいたのだ。

「善逸と伊之助もいるぞ、今回の任務、相当疲れたみたいで…。」

「ヒツメちゃぁぁぁん!!!」

巻き起こる風が珍妙なたんぽぽの速さを物語る。気がつくと少し窶れた善逸に両手を握られていた。

「ひ、久しぶり。…元気そうだね?」

「ヒツメちゃんに会えたからね!」

「俺様を忘れんじゃねぇ!!」

どうやら三人で任務に向かっていたらしい。とりあえず大きな怪我も無さそうで良かった。今日からは私も任務を終えたら蝶屋敷に帰ってくるつもりだ。

「伊之助も元気そうだね。」

「山の王だからな、当然だ!風邪もひいてねぇ!!」

山の王が何なのかは分からないけど、とりあえず元気だということに間違いはないらしい。

何かとお世話になる蝶屋敷の人達に挨拶を済ませた私は、縁側に座る小さな背中を見つけた。同期のカナヲだ。

「ここ、座ってもいい?」

「……うん。」

カナヲは一瞬間を置いて頷いた。口数が少ないのは相変わらずだ。カナヲからはいつも藤の花のような独特な匂いがする。

「カナヲとはちゃんと話したいって思ってたの。」

「私と?」

うん、と頷きながらカナヲの表情を伺う。機能回復訓練で関わることはあったけど、ちゃんと話したことが無かった私達はお互いのことを殆ど知らない。もっとも、カナヲは私のことを知りたいとは思ってなさそうだけれど。

「何か雰囲気が変わったなぁって。柔らかくなったっていうか、話しかけやすくなったっていうか。」

なんとも言葉足らずな会話だけど、カナヲは思い当たる節があるのか、驚いた瞳で私を見つめていた。正直に言えば、初めに那田蜘蛛山で見かけた時は人形のようだと思った。感情が抜け落ちているような、そんな人だと。
だけど無限列車から帰ってきてから屋敷で見かけるカナヲは少し違っていたのだ。

「…全部どうでもいいって思ってたの。」

「……?」

カナヲは珍しく難しい顔をしていた。

「でも、炭治郎が心の声を聞いて、って。」

本当はどうしたいかを、炭治郎は利いたんだろう。私は自分のことで精一杯で、そんな余裕も無いしカナヲを私が変えたい、なんて偉そうなことも言えない。でもせっかく同性の同期なんだから、打ち解けたいとは今でも思っている。

「心の声、かぁ。」

なんだか自分のことも言われているようで、ちょっと胸が痛い。

「今はヒツメみたいになりたい、って思う。」

カナヲが呟く。私みたいに、なんて言われるほど私は自分に素直に生きていない。でも今日、蝶屋敷に来る前にクイナは私に楽しそうだね、と言った。そっちの方が好きって、 言ってくれたんだ。

「ヒツメも炭治郎に言われたの?」

「私は炭治郎じゃなくて善逸に…。」

頭に善逸の姿が浮かぶ。私のことを受け入れてくれているし、肩の力を抜いて、と言ってくれた。
クイナも私が変わったのは善逸のおかげだなんて言うし、甘露寺さんにいたっては根掘り葉掘り聞いて楽しそうだったし。

「好きってどんな気持ちかな。」

カナヲの抑揚のない声が逆に怖い。突然紡がれた言葉に内心焦りながらも、平然を装う。

「さぁ、どうだろうね?」

やっと吐き出した私の声は上擦っていて逆に恥ずかしくなってしまう。
自分でも分かってる。私は善逸を好きなんだろう。耳のいい彼はそれを分かっているけど、敢えて何も言わないようにしているんだと思う。
私が目的を果たすまで待ってて欲しいって言ったから、健気に待ってくれているのだ。

「カナヲは炭治郎を好きなの?」

これ以上追求されるのが怖い。この感じのカナヲなら有り得る。逆に質問を振ってみれば、涼しい顔をしていて私は拍子抜けした。

「…分からないの。」

「あ、そうなんだ…。」

話題を振ってくるものだから、てっきり好きなのかと思った。色々と思うところがあるんだろうけど、まだ分からないんだろう。
カナヲは炭治郎を好きになったとして、付き合ったりするんだろうか。鬼殺隊員として一緒に生きていくんだろうか。
この選択に正解なんてないけれど、カナヲがどれを選んでも、私は何かと理由をつけて結局羨ましがるのだと思う。
カナヲは私のようになりたいと言ってくれた。その言葉に、どうしても素直に喜べない自分がいる。

幸せになることが怖くて拒否してしまう。いつか壊れてしまうことを恐れているんだと思う。
手を伸ばせば掴むことが出来るのに、私はそうしないし、出来ない。

私はきっと零令子を斬るまで、ずっと臆病なんだろうな、と思った。


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