長編【下弦は宵闇に嗤う】
□11.幸せの定義
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「あれ、炭治郎もう任務に復帰なの?」
「ああ、俺は善逸とヒツメより怪我が酷くなかったからな。」
軽々と禰豆子ちゃんの入った箱を背負う炭治郎。最近は箱を背負ったまま鍛錬をしていたから、きっと箱を背負っても重く感じていないんだろうな。
「俺、まだあの薬湯飲まないといけないんだぜ?!あの苦っがい薬湯をさぁ!!」
横のベットで上半身を起こした善逸が苦い顔をして見せる。炭治郎に縋ったって結局飲まないといけないことに変わりはない。今日の分の薬湯だって、最終的にはアオイに叱責されながら飲み干していた。
「それは飲まないと駄目だ、足が治らなくてもいいのか?」
「脅し方怖いよ!それは嫌だけど、薬湯飲むのも嫌なんだよぉ!!」
「炭治郎、善逸に構ってたら日が暮れちゃうよ。」
私達とは違って炭治郎は今から任務に向かうのだ。伊之助はすぐに任務に復帰して明日までは帰ってこない。体の作りが頑丈だとは薄々気づいていたけど、まさか内臓まで丈夫だとは。肺も特に異常は見られなかったとしのぶさんも驚きながら言っていたのは記憶に新しい。
「二人とも酷くない?!友人がこんなに泣いてるのに!!」
「いってらっしゃい。」
「行ってきます。」
「無視かよ!!!」
善逸と私に手を振りながら炭治郎は病室を出て行った。鼻をすする善逸の方へと向き直る。
善逸は足の裂傷が酷く、治るまでは歩くことが難しかった。対して私は腕。零令子が放った血鬼術は主に、首に刀を掛けていた私と伊之助を狙ったものだった。
伊之助は傷の治りも早かったし体が疼いて仕方なかったらしく、無理をいって任務へと復帰したけど、私はそんなことをしない。伊之助を見るしのぶさんの瞳が怖かったから、とは口が裂けても言えないけど。
こうして病室に残されたのは私と善逸だけになってしまった。
「善逸。」
私は自分のベットから出て、隣の善逸のベットへと腰掛けた。まだ痛むだろうから、あまり足に干渉しない腰の辺りに座る。
「え、ちょ…近い…!」
「まずは謝らせて。…待たせてごめん。」
顔を赤くして両手をあたふたさせていた善逸の動きがぴたりと止まる。
「私の目的は零令子を斬ることだった。その為に鬼殺隊に入ったし、その為に強くなった。でももう、終わったから。」
終わった、という言葉が少し寂しくもある。残された人間はいつまでもこうして囚われるんだろう。年月が経ちすぎて、斬られた後にも私の中に痕を残した零令子。一生忘れることはないだろう。
「新しく、生きる意味を見つけたんだ。」
今までとは違う目的を見つけて、生きる。
皆の思いを背負って、鬼舞辻無惨を斬ること。
そして、もう一つは。
「善逸、私と一緒に生きてくれる?」
善逸と一緒に生きていくこと。
善逸は私の言葉に固まっていたけど、少し遅れてから意味を理解したようだった。顔を更に赤くして布団へと前のめりに突っ伏して、はぁー、と長い息を吐いた。
「かっこよすぎじゃない…?俺の告白、あんなに情けなかったのにさぁ…。」
まぁ、確かに情けなかったといえばそうだったわかもしれない。出会ってすぐの同期の腹にしがみつき、寝起き一発目に俺と付き合ってほしい、だなんて。あんな告白をするのは知人を含めたとしても善逸くらいだろう。
「まぁ、善逸に比べたらかっこいいかもね?」
「俺にも男としての矜持ってものが…!」
そんなこと言われても、情けないところも頼りがいのあるところも全部引っくるめて善逸が好きなんだけれど。
善逸は伏せていた頭を少しだけ擡げて私を見上げる。
「ヒツメちゃんは俺のことちゃんと好き…?」
思わず耳を疑う。いや、私の耳もだけど、善逸の耳もだ。こんな時だけ私の心音が聞こえないなんて、そんな都合の悪いことはないだろう。
「好きだよ、そうじゃないとこんな事言わないよ。」
「そ、そうだよね…!」
善逸の頭が再び布団へと突っ伏する。ふわふわとした金糸をすん、と匂いを嗅いでみれば、嬉しさと戸惑いの匂いがした。
「何かあるなら言ってみて。」
彼はまだちゃんと私を好きでいてくれている。それも匂いで分かる。なのにどうして私と付き合うことをそんなに渋るのか。
「ヒツメちゃんを待つって言ったけど、それは俺の一方的な我儘だったから…。ヒツメちゃんはそれで良かったのかな、って。」
私の顔色を伺う善逸は真剣な表情をしていた。普段、あんなにも積極的なくせに、少し押されればこんなにも大人しくなるものなのか。
「正直最初は、零令子を斬った後のことは何も考えてなかった。だから善逸の告白も、私にとっては我儘でもなんでもなかったよ。」
「…え、それはそれで酷くない?」
特徴的な眉を下げながら、善逸はそう言った。
「ごめんごめん。…でも今は違うから。」
善逸の我儘じゃない。私は自分の意思で善逸と生きたいんだ。
「多分善逸が思ってるよりも、私は善逸を好きだよ。」
恥ずかしいことを言っている、という自覚はある。だけど、いつ死ぬかも分からないのが鬼殺隊だ。こんなことで後悔するくらいなら正直に自分の気持ちを伝えた方がいい。
「俺、死ぬまでヒツメちゃんを手放すつもりないけど、本当にいいの?」
「…いいよ。」
ちょっと重たいな、なんて一瞬思ったことは秘密にしておこう。
善逸が顔を綻ばせて、唸る。
「やばい、めっちゃ嬉しい。死ぬかも…。」
「え、手放すの早くない?」
死ぬまで手放さないという言葉はどこへ行ったんだ。両手で顔を覆う善逸を抱き締める。私が悩んでた時、善逸は私を抱き締めてくれた。あの時はすごく安心して、胸が熱くなったっけ。今思えば私はずっと善逸に惹かれていたんだろうと思う。気づかないフリをしていたことも自分では分かっている。
「ま、待って待って、色々とやばい!色々と!!」
「あれ、足踏んでた?ごめん、布団で分かんなくて…。」
「違うよ、違うんだけどとりあえず今はそういう事にしといて!!」
善逸が何を言っているかよく分からないけど、私みたいに胸が熱くなったんだろうか。好きな人に抱き締められるっていうのは不思議な感覚だ。
私は慌てふためく善逸の頭を静かにそっと撫でた。
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