長編【下弦は宵闇に嗤う】

□11.幸せの定義
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私達鬼殺隊は基本的には隊服を着て帯刀している。いつ任務が言い渡されるか分からないからだ。だから今の状況は本当に珍しいと思う。私だけじゃ無く、善逸も。

「ねぇ、伊之助。私、変じゃない?」

「いつもに増して弱そう!!」

「馬鹿野郎、こういうときはいつも可愛いけど今日は特別可愛いね、って言うべきなの!!」

伊之助に聞いた私が馬鹿だった。一番近いところに座っていたからだとしても聞く相手を間違えた。
伊之助に声を荒げる善逸も今日は隊服ではなく、普段着だ。黒の着物に明るい頭髪がよく似合っている。
対して私はアオイが町へ行く時の普段着に身を包んでいた。紺色の着物に、髪を少しだけ結ってもらっただけの装い。それだけなのに、少し気恥ずかしい。

「じゃあ、善逸。私、変じゃない?」

私は善逸に一人の女として見てもらいたくて、今日だけこんな格好をしているのだ。意地悪かもしれないけど、わざと聞いてみる。

「は、え?!そりゃあ、か、かわ…!」

「善逸、ちゃんと言えてないぞ。」

「せっかくお出掛けするんですから、これぐらいが丁度いいですよ。」

炭治郎が笑いながら善逸に突っ込む。その側でアオイが私の髪を整えている。どうして皆は私と善逸が町へとお出掛けすることを知っているんだろう。そして何よりも楽しそうだ。あのカナヲでさえ、顔を綻ばせてこっちを見ている始末だ。

「さぁ、行った行った。私も洗濯物をしなきゃならないので。」

私と善逸の背中を叩いてアオイは部屋を出て行く。口ではそう言いながら、普段着を貸すって言ったり髪を結う提案をしたのは彼女だった。なんだかんだ言いながらも、私と善逸を見守ってくれているんだと思う。伊之助と炭治郎にお土産を買ってくることを約束して私と善逸は町へと向かう。

「偶には隊服じゃないのもいいね、落ち着かないけど。」

「…そ、そうだね!」

善逸は上擦った声で答えてくれた。初めてのお出掛けとはいえ、そんなに緊張するものだろうか。屋敷を出てから、善逸のぎこちない歩き方に吹き出しそうになるのは何度目だろう。

「善逸。」

「っ、ひゃい?!」

名前を呼んだだけなのにそんな飛び上がらなくても…。私だって少しは緊張しているし、それは善逸にだって伝わっているはずだ。でも自分よりも緊張している彼を見ているとだんだん落ち着いてきた。

「せっかくのお出掛けなんだから、そんな身構えないでよ。」

「ご、ごめん…!今まで女の子からそんな音聞こえたことなかったから変に緊張しちゃって…!」

「…そんな音?」

私の音なんて、ずっと聞こえているはずだ。何を今更と聞き返すと、善逸は顔を赤らめて呟く。

「その…好きって、音。」

善逸は鬼殺隊に入る前に、付き合っていた女の人が何人か居たはずだ。何かの拍子で聞いたけど、当の本人が言っていたし、嘘ではないだろう。なのに聞こえたことがないというのは変だ。

「前にも言ったけど、俺は自分の信じたい人を信じる。それで騙されたりもしたけど、後悔はしてないし、良かったって思ってる。」

それはいつか私に言ってくれた言葉。でもそれだけじゃなかった。善逸は自分で、そういう意思で、そうしていたんだ。私が悪い人だったらどうするの、と言った時も変わらずに信じると言い切った。

「私だって同じだよ。他人から好意を寄せてもらったのは善逸が初めてだし、今だって緊張してる。でも勿体無いじゃん、せっかく時間取れたんだしさ。」

「うん…そうだね。」

善逸は吹っ切れた様子で頷くと、いつものようにふにゃり、と笑って私の手を取り歩き出す。なんだか意地悪をしたくなって善逸の少し汗ばんだ手に指を絡ませてみる。

「ちょっと?!せ、積極的すぎない?!」

「いいからいいから。」

「くっ…頑張れ、俺の心臓!」

空いた方の手で胸の辺りを押さえる仕草をしながら、なにやら物騒な事を呟く善逸を、私は心の底から愛おしいと思ったのだった。


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