長編【下弦は宵闇に嗤う】
□12.鬼の住む遊郭
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「ヒツメさん!!」
蝶屋敷に入ったところで、名前を呼ばれた。慌てた様子のきよちゃんが前から走ってくる。
「きよちゃん、どうして泣いているの?」
「なほちゃんとアオイさんが攫われましたぁー…!」
攫われた?この蝶屋敷で?しのぶさんだけでなくカナヲも不在なんだろうか。とりあえず話を聞こうとした瞬間、身体がふわり、と浮く。すごい速さで辺りの景色が流れる。それが知らない匂いの人間に抱き抱えられていると気付いた私は咄嗟に身体を捩った。
「じっとしてろ。」
男は体のどこを押さえれば動かせないか分かっているようで、ほとんど力を掛けていない。それに、私よりも二回りは大きな体格をしているのにそれを感じさせないほどに速い。
この男がなほちゃんとアオイを攫った犯人だとしたら、この状況は非常にまずい。
「離して…!!」
呼吸を使って半ば無理やり拘束から逃れる。土の上に転がりながらも、男から視線を外さない。
ふと見慣れた山吹色の羽織りが眼前へと映し出される。
「ヒツメちゃんにだけは触らないで!!」
「なんだ、そいつはお前の嫁か?」
善逸が私を守るように立ってくれている。一体何がどうなっているんだろう。
「ヒツメ、大丈夫か?!」
後から遅れてやってきた炭治郎と伊之助の手を借りてやっと立ち上がる。鍛錬で身体能力は向上しているはずなのに、全く動けなかった。
「お前には関係ないだろ!」
「あっそ、どっちにしろ入用だから連れてくわ。」
男が善逸に一瞥をくれると再び私の方へと向かってくる。予備動作でこっちに来ると分かるにも関わらず速すぎて姿を目で追うのがやっとだ。
「ヒツメを連れて行くなら俺達も行く!」
炭治郎の言葉に、男はぴたりと足を止める。
「そんなに言うなら一緒に来ていただこうかね。」
踵を返した男の背中には二本の刀と『滅』の字が見えた。
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