長編【下弦は宵闇に嗤う】
□14.家族
1ページ/2ページ
〜
何度嗅いでも血の臭いは慣れない。今この場に人間の血が流れていると嫌でも感じさせられる。慣れたくないと思うのに心の何処かで、戦いの場に身を置くのなら仕方のない事だと思っている自分もいる。
そんな自分が嫌で、私は慣れない臭いに顔を顰めながらも、心が壊れていないことを再確認して安心するのだ。
「二人とも大丈夫?!」
大丈夫じゃないことは火を見るよりも明らかだが、声を掛けずには居られない。善逸と伊之助は帯の攻撃に対処するのに精一杯だ。明らかに鬼の攻撃速度が上がっている。そして鬼の臭いもさっきまでと、まるで違う。
「うるせぇ!お前までキンキン声で喋んじゃねぇ!!」
血だらけになった伊之助が答える。複数箇所を怪我していて、そこから流れる血が痛々しい。
帯の攻撃に加えて血の鎌が飛んでくる。鎌からは濃い毒の臭いがして、掠っただけでも致命傷になると感じる。鎌を避けることに集中すると帯の攻撃を食らってしまう。
「死ね不細工共!!」
首を斬るどころか、近づく事もままならない。このままだと私達の体力が持たない。焦る私の視界の端に、市松文様の羽織が見えた。
「炭治郎、伏せて!!」
私の声に、炭治郎と一緒にいた女性は瞬時に伏せる。飛び上がったままの姿勢のまま、刀を構えながら二人の元へと向かう。
『全集中 水の呼吸 参ノ型 流流舞い』
複数の帯を斬りながら進むが、休む暇もなく帯が迫る。頬を鋭利な帯が掠めていったが、女性を逃して炭治郎の体勢を整えるだけの時間は稼げた。
「この鬼の首は柔らかすぎて斬れない!相当な速度かもしくは、複数の方向から斬らなくちゃ駄目だ!!」
複数の方向と言われて真っ先に飛び出したのは伊之助だった。私と善逸と炭治郎は伊之助を守るように帯の攻撃を捌いていく。
『全集中 水の呼吸 参ノ型 流流舞い』
『全集中 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 八連』
瞬時にここまでの威力の技を出せるなんて。さっき私が炭治郎を庇ったときの流流舞いよりも、素早く滑らかだ。
善逸は速度が上がっているだけでなく、連続して一閃を出せるようにまでなっている。
私に出来ることは…、
「伊之助!!」
防御を捨てて突進する伊之助に血の鎌が迫る。今動けるのは自分だけだ。
『全集中 円の呼吸 弐ノ型 莫耶 輪舞』
この血の鎌は高質化しているとはいえ、元は液体だ。なんとか受け流すことさえ出来れば。
ぎゃり、と聞き慣れない音に顔を顰めながら鎌の軌道を変えようと踏ん張る。伊之助が私の側を通り抜け、帯鬼の首を斬れる間合いに入った。
『我流 獣の呼吸 陸ノ型 乱杭咬み』
伊之助が二本の刀を上手く使い、のこぎりのようにして首を斬る。鬼の頭が弧を描いて飛び、身体が脱力する。押さえていた鎌の威力が一瞬弱まった隙を見て私は飛び退いた。
「斬った…!」
安心できたのは、ほんの一瞬だけだった。再びくっついてしまわないようにと、斬った首を抱えて走る伊之助が倒れる。その側には宇髄さんと戦っていた鎌鬼が見えた。
「伊之助!!」
強くて足を踏み込んで鎌鬼へと飛び込む。深く息を吸って、刀を握り直す。水の呼吸の威力ではこの鬼は斬れない。円の呼吸でなんとか…!
「遅ぇんだよなぁ、どいつもこいつも。」
伊之助を刺した鎌を一振りして、鎌鬼が私の方へと向かって来る。まさか鬼がこちらへ距離を詰めて来るなんて思っていなかった。呼吸もまだ整えられていない。
どうする、どうしたら…!
「ヒツメちゃん!!」
善逸に名前を呼ばれて弾かれたように足を踏ん張る。今からじゃ後ろに退くことは出来ないが、攻撃を和らげる事なら出来る。
「っ、く…!」
刀を盾に鬼の蹴りを受ける。だが威力が人間とは桁違いに高く、私の身体は簡単に吹っ飛んでしまう。受け身を取る間もなく、建物に背中を強打して息が止まる。片耳しか音が聞こえない私でもはっきりと骨が折れた音を聞いた。
がらがらと瓦が崩れて体に落ちてくるのを見ていることしか出来なかった。
→