長編【下弦は宵闇に嗤う】
□17.鬼ごっこ
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「ちょ、ちょっと待って!!それ本気で言ってる?!」
「え、嫌なの?」
欠伸混じりの声で私は部屋の隅で小さくなっている善逸に言う。隠の背中では満足に寝られなかったし、なんだかんだ里の皆と話をして、私は既にもう眠いのだ。
「い、嫌なわけないだろ!」
「じゃあ早く来てよ。もう寝るよ。」
灯りを消してごそごそと布団へと潜る。私だってまさか布団と部屋が一つしか用意されてないなんて思ってなかったよ。まぁ、里へは一人で帰るとクイナを飛ばしただから、当然そうなるよね。私も相当眠いし今から布団を一つ用意するのも億劫だ。
だから一緒に寝よう、と提案したのだけど。
「待ってよ、俺も寝る!!」
ずるずると這い寄ってきた善逸が掛け布団を捲る。外気が入ってきて、身体がぶるり、と震える。いますごく気持ちいい感じで眠れそうだったのにな。
ふわり、と石鹸の香りがして心地良い。自分の身体からは全くしないのに他人になると途端に鼻が敏感になるこの現象はなんなんだろう。
「う、わ…!」
睡魔に襲われながらぼんやりと考えごとをしていたら、目の前で善逸の変な声が聞こえた。静かに出来ないのか、と文句の一つでも言ってやろうと目を開ける。そこには顔を真っ赤にして一点を見つめる善逸がいた。視線の先は私の浴衣の合わせだった。少し緩んだ隙間から、素肌が見えてしまっていた。
「あ、ごめん。私あっち向いて寝…」
善逸は男だし、胸に目がいってしまうのも仕方ない。悪いことをしたと思い、謝りながら私は身体を起こす。
いきなり強い力で布団へと押さえつけられて、すぐにお腹に重い何かを感じた。暗がりの中で視界に映ったのは、懐かしい天井と善逸だった。
押し倒されているのだと理解すると途端に恥ずかしくなってくる。
「…お願いがあるんだけど。」
蜂蜜色の瞳がゆっくりと瞬きをする。その奥に、いつもの善逸の様な面影は無い。鬼と対峙して、気絶してしまった時の様な男らしさ…とも少し違う。
「俺のこと、もう少し男として意識してくれないかな。」
射抜くような目でじっと見つめられ、目を逸らすことが出来ない。一歩選択を間違えれば噛まれてしまうような。こんなのまるで別人じゃないか。
「そんな平常心の音で、一緒の布団で寝ようなんて言っちゃってさ。もし俺が我慢できなかったらどうするつもりなの?」
歯痒さと悲しい匂い。そこで私は善逸に本当に悪いことをしたのだと気づいた。確かに私は善逸を好きだし、その自覚も当然ある。だけど心の中ではまだ友人のように思っていた。
現に押し倒されてしまうなんて考えてもいなかった。
異性だと認識されていないことに善逸は悲しみ、苛立っていた。
「ごめん、善逸。私が悪かった。…でも、」
今私が思っていること。感じたこと。それだけでも伝えたい。
「善逸になら、なにをされても嫌じゃないよ。」
これは本心だ。善逸は目を丸くしたかと思うと呆れたように溜息を吐きながら私の上から退いた。もしかして私、変なこと言ったかな。
「ヒツメちゃんと一緒に居たら、心臓がいくつあっても足りないよ。」
「なにそれ。どういう意、味…っ?!」
何が起きたか、一瞬理解できなかった。身体を強く引き寄せられたかと思うと眼前に善逸の顔が映る。気付けば息が出来なくて、焦った自分の口から聞いたこともない声が出てしまう。まさか善逸に口吸いされるなんて。
「…これは俺を布団に誘った罰ね。」
善逸は唇を離して悪戯に笑った。普段あんなに情けないのに、時々こうして男らしさを出してくるのは何なんだろう。
「明日も用事あるんでしょ、早く寝よ。」
善逸は私に背中を向けてそう言った。さっきまで眠る寸前だったのに、誰のせいで目が覚めたと思っているんだ。悔しい気持ちを胸の中に留めながら、私も布団へと潜り込んだのだった。
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