長編【下弦は宵闇に嗤う】

□19.痣
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月明かりが里を照らす中、私は屋敷を目指して走る。時折、倒壊した建物から悲鳴や呻き声が聞こえる。鬼に里をめちゃくちゃにされたのだと痛感する。

「ヒツメちゃん!」

聞き覚えのある明るい声。はっと屋根の上を見上げれば、先日見送ったばかりの甘露寺さんが立っていた。私と目が合うと甘露寺さんはものすごい勢いで走り出す。鍛錬の時とは比べ物にならないほど速い。

「おじいちゃん!!」

私達の進む先に、巨体の鬼が屋敷から頭を覗かせているのが見えた。その血塗れの太い手に握られていたのはおじいちゃんだった。少し前を走っていた甘露寺さんを追い抜き、鬼へと距離を詰める。

『全集中 水の呼吸 壱ノ型 水面切り』

『全集中 恋の呼吸 壱ノ型 初恋のわななき』

鬼の首は甘露寺さんに任せて、私は太い腕を斬った。おじいちゃんを抱えて飛び退くと、一瞬にして鬼の身体はバラバラと崩れていった。
甘露寺さんの技は初めて見た。というより、抜き身の刀を見たのも初めてだった。話には聞いていたけも、こんなに柔らかい刀だったなんて。

「おじいちゃん!大丈夫?!」

「うう…ヒツメか…。ちょっと残念…」

「こんな時までふざけるんだから!!」

はぁ、とわざとらしく溜息を吐いてみせる。どうやら冗談を言えるほどにはまだ余裕があるらしい。本当に良かった。
護衛についていた隊員が側で倒れていたが、もう息をしていなかった。さっきの巨体の鬼に殺されてしまったんだろう。
もう少し来るのが早ければ、一緒に戦って助かってかもしれないのに。

「向こうから大きな音がする。行きましょう。」

甘露寺さんは私の肩を優しく叩く。一つも失わずに守り切ることは難しい。私は煉獄さんのように強くないし、機転もきかないのだからそれは至極当然のことなのだ。
それでも、自分は戦いの中に身を置くことを選んだ。己の目的を果たし、平穏な日々を過ごす未来を捨てても尚、鬼と戦うことを選んだのだ。
悲しんでは居られない。


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