長編【下弦は宵闇に嗤う】
□20.柱稽古
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「…う…、」
重い瞼を開ける。喉から声を絞り出すが、思ったよりも大きな声は出ないようだ。白い天井と、薬品の匂い。ここが蝶屋敷だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「お、目ぇ覚めてんじゃねぇか。」
視線だけを動かして声の方を見れば、隠の人が入り口の所に立っていた。この声とあの目つきは霞さんだ。霞さんは手にガラス製の花瓶を持っている。花瓶の中には透き通った水が入っている。
「あんたの彼氏が毎日のように花を摘んでくるから、すっかり俺は水換え係になっちまった。」
ふ、と覆布の下で笑う霞さん。良かった、善逸は無事らしい。私は途中で気を失ってしまったから皆の詳しい安否も分からずじまいだった。
「私、どれくらい眠ってたんですか…?」
「十日は眠ってたな。なんか高熱だとか騒いでた。」
十日…そんなにも長い間眠っていたのか。外傷は殆ど無かった筈だ。その証拠に、身体は重いが痛みは無い。
「…皆はもう任務に復帰してるの?」
「いや、なんでも柱稽古っていう鍛錬が始まったって聞いた。あんたの彼氏も連れて行かれてたよ。」
その現場を見なくても用意に想像できてしまう。そうか、入れ替わりになってしまったのか。それなら仕方がない。
霞さんは一通り状況を説明し終えるとしのぶさんを呼びに行ってくれた。
「外傷も無いですし熱も下がっていますから、二、三日様子を見てから柱稽古へと入りましょう。」
「…あの、」
しのぶさんは体温計をしまいながら、なんでしょう、と答えてくれる。私は右手を差し出し、手の甲を左手で指差した。
「ここに何か…無かったですか?」
「何か…とはなんでしょう?」
しのぶさんは覚えがない様子で不思議そうに首を傾げた。鬼と戦っている時、私の手の甲に渦のような痣が浮かんでいた。なのに今は綺麗さっぱり消えてしまっているのだ。
「内出血のような…痣みたいな…。」
痣、と言った瞬間、しのぶさんの動きが固まった。何がまずいことでも言ってしまったんだろうか。
「そうですか。」
思いのほか、一言で済まされてしまった。内心怒っていても笑顔を絶やさないしのぶさんだけど、今はすごく複雑な顔をしている。
「ごめんなさい、私の気のせいだったと思います。」
「…いえ、気のせいではありませんよ。」
「え…?」
私の手の甲は、本当にそこに痣があったのかと疑うほどに綺麗だ。それでもしのぶさんは疑う事もせずに信じてくれた。
「あなたはもう選べない。…痣を発現させた者は例外なく…」
その続きを聞いた私は、思わず言葉を失った。
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