長編【下弦は宵闇に嗤う】

□24.死の恐怖
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一瞬だった。
私の目の前を何か鋭利なものがものすごい勢いで横切った。私の乾いた髪がぱらぱらと床に散っていく。
下手に動いていたら死んでいた。
まさか予備動作もないまま、こんな広範囲を攻撃出来るなんて。

「玄弥、大丈…」

声が喉で詰まる。玄弥は驚いた表情のまま、地面へと倒れた。その頭は縦に両断されていたのだ。
しかし、その目はまだ光を失っていなかった。

「血鬼、術…」

玄弥が弱々しく呟くと、鬼の身体から再び植物が成長する。柱による猛攻で精一杯だった上弦の鬼は玄弥の血鬼術によって動きを拘束される。

「時透さん!!」

さっきの攻撃で横腹を抉られてしまった時透さんへと駆け寄る。鬼は今にも首を落とされそうになっているにも関わらず、刺された刀の部分を煩わしそうに凝視していた。

「私が時透さんを支えるから…!」

私が時透さんの刀を握ると、じゅっと音を立てながら、刀が刺さっている部分の鬼の肉が焦げたように黒く変色した。よく見れば刀身が根本から赫くなっている。
その隙を狙って畳み掛けるように悲鳴嶼さんと不死川さんが刀を振るう。

ごと、という鈍い音と共に鬼の首が落ちる。刀と一緒に私と時透さんは投げ飛ばされた。時透さんを守るように強く抱きしめながら、冷たい床の上を転がる。その間、鬼は一瞬だけ身体を再生させたものの、保つことが出来なかったようでぼろぼろと崩れていった。

「時透さん!時透さん…!」

「っ、…君は、無事…?」

時透さんは血の混じった咳をしながら、私の心配をしていた。大丈夫ですか、なんて言葉も憚られるほど時透さんの傷は深かった。

「僕は…もうすぐ死ぬ。…君は鬼舞辻の元へ行くんだ。」

「…そんな、こと」

嫌だ、なんて言えない。私はこの戦いの最中、何もしていないのだ。ただ見ているだけだった自分に、時透さんの死を否定できる訳がない。
涙がぼろぼろと頬を滑って落ちていく。私は奥歯を強く噛み締めて、嗚咽を殺して泣くことしか出来なかった。

「変、だなぁ…君が泣くところなんて…見たくないのに、」

時透さんがゆっくりと片腕を上げ、私に触れようとする。私はその手を静かに両手で握ると、時透さんは安心したように微笑んだ。

「今は、少し…嬉しい。」

握った手に力が入らなくなってきているようで、時透さんの腕はだんだんと重たくなっていく。死に近づく時透さんにかける言葉が見つからずに、私はただ強く手を握る。

「ヒツメ、聞いて。」

時透さんの声が掠れて小さくなっていく。私は顔を近づけて、時透さんの最期の言葉を聞いた。



時透さん少し冷たくなった手を胸の上へと静かに置く。まるで眠っているかのように穏やかな表情をしている時透さんを見ると、少なくとも私はここへ来て良かったと思う。
死ぬ瞬間を誰にも看取られ無いなんてあまりにも悲しすぎる。死を覚悟の上で鬼と戦っているのだとしても、それぐらい望んだっていいと思う。

「時透は…最期まで立派だった。」

「悲鳴嶼さん…。」

悲鳴嶼さんは私の側に膝をついて時透さんに言葉を掛けた。私は立ち上がり、不死川さんの元へと向かった。
玄弥はまだ息はあったが、身体の崩壊を止める事は出来ないようだった。ぼろぼろと崩れ始めた身体を不死川さんが必死に止めようと試みていた。

「大丈夫だ、何とかしてやる!兄ちゃんがどうにかしてやる…!」

普段の不死川さんからは想像出来ない姿だった。玄弥の身体は鬼と同じく、灰のように掻き消えてしまうのだ。それがどんなに辛いことか。そうだとしても、今の私に出来ることは何も無い。
玄弥は不死川さんの後ろに立つ私に一瞬だけ微笑むと、灰になって消えていった。


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