長編【下弦は宵闇に嗤う】
□25.夜明けと代償
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人は死に直面した時、走馬灯を見るらしい。なんでもそれは、今までの記憶と経験の中からこの状況を打開するためなのだと。
いつしか炭治郎がそんなことを話してくれたような気がする。
その時の私は人間の生存本能ってすごいな、とまるで他人事のように思ったと同時に、私も鬼殺隊員である以上はいつか経験するんだろうとぼんやり感じていた。
『ヒツメちゃんは怖くないの?』
ある時、日輪刀に太陽の光を浴びさせていた私に、善逸が言った。敵討ちもまだの頃で、闇雲に鬼を斬ることに固執していた私を善逸は心配になったのだと後から聞いた。
「別に、怖くないわけじゃないけど。…死んじゃったら、それまでだったってことでしょ。」
『…でもそんなの悲しいよ。』
「死んだら悲しいとか思わないよ。」
『いや、ヒツメちゃんじゃなくて俺がね。』
「…は?」
善逸らしからぬ発言に、思わず彼の方を見る。私が死んだら善逸が悲しむ。それは私が思うことであって、善逸が自分で言うことじゃない。結局、みんな自分が一番可愛いんだな、と思った私は呆れて再び刀身へと視線を戻した。
『でも、その気持ちは誰よりも分かるでしょ?』
「…どうだろうね。」
敵討ちの事なんて善逸には一言も話していなかった。ただ、やる事があるからとだけ言ったはずだった。残された者の悲しみ、悔しさ。本当は痛いほど分かるのに、他人に理解されたくなかった。
『少しでいいから俺を頭の片隅にでも置いてよ。』
返答を濁したのにも関わらず、善逸はその聴力を活かして肯定と捉えたらしい。残された者の気持ちを考えて鬼と対峙してほしいだなんて矛盾している。そもそも鬼と戦わなければ、鬼殺隊に入らなければ死ぬ事なんてそうそうないのだ。だが今の善逸にそれを強要することは出来ないから、こうして私の心に訴えかけてくるのだ。
「少しだけ、ね。」
そう答えた私だったけど、本当は気にも留めていなかった。この時の私にとっての善逸は、大きな存在では無かったから。
その場しのぎの適当な返答だと、彼は分かっていたはずなのに。
何故か彼は、自信に満ち溢れた笑顔で嬉しそうに頷いたのだった。
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