短編

□見つめるだけの恋
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「善逸、そろそろ起きないとだめだぞ。」

「…んぁ、もう?早すぎじゃない…?」

炭治郎君と善逸君、というらしい2人は学生鞄を片手に電車を降りていく。私が降りる、3つ手前の駅で。
いつもと同じ時間、同じ車両、同じ座席。私は2人の名前を少し前から知っている。それは、2人の会話が聞こえてきたから。金髪の彼は善逸君、というらしい。今日も無防備な寝顔を眺める。それは私の日課みたいなものだった。


私が電車に乗る頃には2人は既に電車に乗っている。その日もいつも通り、イヤホン越しに2人の会話を聞く。善逸君は普段寝ているけど、起きている時は炭治郎君と話している。その時は、いつも聞いている音楽の音量も少し小さめにする。

「直接言ってみたらどうだ?」

「言えるわけないじゃん!俺は炭治郎とは違うの!」

その話題は話はすぐに終わって、家族の話へと話題が変わった。どうやら善逸君は炭治郎君の妹さんのことが好きらしい。

「可愛いよねぇ、ほんと。」

彼の口から出る言葉に、胸がチクチクした。偶に、会話が聞こえてくるから聞いていただけで、彼の事を好きとか嫌いとかそういうのじゃない。と思っていたのだけれど。
彼らが降りたのを確認して、溜息を吐く。でも学校も違うし話した事もない。恐らく目が合ったのも数回だけ。


今日もまた、同じ車両に乗った。炭治郎君の妹さんが、炭治郎君と善逸君の間に座っていて少し嫉妬してしまった自分がいて。私って善逸君の事が好きなんだ、と気づいてしまった。


次の日。今日からは、会わないように、1本早めの電車に乗った。この恋心が諦められる内に。違う学校に通っていて人見知りなんて、ハードルが高過ぎる。とは言え、気づいてしまった恋心に胸が痛む。


次の日、今日も早い電車に乗る。私は朝が苦手で、電車に乗ると必ず寝る。善逸君を意識し始めてからは全く無くなっていたけれど今は善逸君も居ない。襲ってくる眠気に意識を委ねようとした私の肩が、とんとんと叩かれた。

「…っえ?!」

閉じかけた目を開けて前を見ると善逸君が立っていた。頭が一気に覚醒する。どうしよう、絶対変な顔をしてた。

「な、なんで…?!」

「なんでって、喋るの初めてじゃない?」

私の反応を見て、善逸君は言った。そうだった、私は善逸君を認識しているけれど、彼にとって私は初対面なのだから、なんですか?という返しが正しいはず。

「えっと、今日は早いんですね?」

「っ…ぶ!!」

善逸君は吹き出してしまって、私は益々焦ってしまう。また返しを間違えた。変な汗も出てしまって、これ以上にないくらい恥ずかしい。

「ねぇ、いつもの電車乗ってよ。」

「え、なんで?」

少し間があって、善逸君は言った。

「なんでって、君と同じ気持ちだから、かな?」

心臓がどきりと跳ねる。その言葉は都合良く捉えていいのだろうか。

「じゃあ、明日からもよろしくね。」

いつも炭治郎君に向けていた笑顔が、私に向けられる日が来るなんて。


見つめるだけの恋なら諦めよう

でも貴方が諦めないなら、もう少し頑張ってみたい、なんて。

我儘かな。


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