短編

□見つめるだけの恋
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〜善逸

「善逸、そろそろ起きないとだめだぞ。」

「…んぁ、もう?早すぎじゃない…?」

寝たフリするのも疲れるなあ、なんて思いながら嘘の欠伸をして彼女に視線を移す。いつも通り、イヤホンをして、音楽を聞いている。あれは俺と同じ、寝たフリだな。駅から徒歩で学校へ向かっていると、炭治郎が不思議そうに話しかけてくる。

「どうしていつも寝たフリをしてるんだ?」

「だって、ずるいじゃん。」

なにが?と炭治郎は首を傾げる。

「彼女は俺の事を知っていくのに、俺は彼女の事を何も知らない。そんなのずるいじゃん!」

「第一、彼女は本当に善逸を認識してるのか?」

「してるよ、音で分かるもん。」

「他の人かもしれないぞ。」

炭治郎は鼻がきくけど、電車は人が多いから個人を特定しにくい。それは俺もそうなんだけど、俺は彼女をずっと見てた。はじめの頃は電車に乗るとすぐに寝てた。次第にイヤホンをして、寝たフリまで始めた。俺たちが話している時は音量を小さくしてる事も知ってる。


「直接言ってみたらどうだ?」

「言えるわけないじゃん!俺は炭治郎とは違うの!」

ある日、炭治郎はとんでもないことを言い出した。彼女と直接話したら?って彼女が乗ってくる直前でいきなり言い出して。起こすフリをするのも疲れたのかもしれない。けど、俺が本気で寝ちゃうとイビキが煩いって言われるし。炭治郎は嘘が付けないから毎朝すごい顔で俺を起こしてるんだろうな。

「あ、じゃあ禰豆子ちゃんも明日だけ一緒に通学しようよ。」

「別に構わないが…。なにか理由があるのか?」

まぁね、と頷いて俺は禰豆子ちゃんの事を思い出す。パンをいつも咥えている、可愛らしい炭治郎の妹。

「可愛いよねぇ、ほんと。」

彼女から、悲しい音がした。


禰豆子ちゃんを炭治郎の間に座らせる。彼女が乗ってきて、彼女の音を聞く。彼女から嫉妬と悲しい音がした。目を閉じて、一切こちらを見ないようにしてる。会話も聞きたくないのか、音楽の音量がいつもより大きくて。炭治郎も、いつもと違う匂いがした、と言っていて、 禰豆子ちゃんを連れてきて正解だったのかもしれない。彼女に悲しい思いをさせたことは悪かったのかもしれないけど、これで、確信を得たから明日は話しかけてみよう。


次の日、彼女は乗ってこなかった。学校だから、休みなんてことは無いと思うけど。学校で授業中もその事を考えてしまう。話しかけようとした途端、これだ。

「勘違いされたんじゃないか?」

炭治郎が思いついたように言った。そうか、そういうことか。禰豆子ちゃんを好きと勘違いされたのか。俺は一体何をしてるんだ。あの音が自分に向けられているか、確信を得たいがために禰豆子ちゃんと一緒に居てみたり。よくよく考えたら、俺相当かっこわるいな。
明日は一本早い電車に乗ってみよう。


一本早い電車に乗るために、急いで駅に向かう。この電車に居なかったら次は一本遅い電車、それにも居なかったら違う車両。せっかく覚悟を決めたのだから、絶対に見つけて話しかける。
一本早い電車の、彼女がいつも座る座席の近くに立つ。
彼女はいつもより眠そうに車両に乗ってきた。自分の心臓の音が煩い。俺に気づかずに、すとん、と座席に座る。彼女との距離が今までで一番近い。あ、寝てしまう、寝ぼけた顔も可愛い、なんて思ってしまう。とりあえず寝てしまう前に肩をつついてみる。

「…っえ?!」

返事をする彼女と目が合う。目を丸くして、驚いている。目があったのなんていつぶりだろうか。

「な、なんで…?!」

彼女は混乱して返答を誤った。面識ないのに、なんで?って返答なんて。

「なんでって、喋るの初めてじゃない?」

彼女が驚いて慌てているから、逆に余裕が出てきてしまって、ちょっと冷静になれた。とりあえず用件を伝えなきゃ。

「えっと、今日は早いんですね?」

「っ…ぶ!!」

頭の中で言おうとしていた台詞が、吹き飛びそうだった。混乱して焦ってる彼女も可愛かったけど、駅に着く前に、言わなきゃ。

「ねぇ、いつもの電車乗ってよ。」

「え、なんで?」

ずっと見てたから、なんて言ったら気持ち悪がられそう。

「なんでって、君と同じ気持ちだから、かな?」

彼女の心臓が一際大きく鳴った。言いたいことが伝わったみたいで、俺はすごく嬉しくなって。

「じゃあ、明日からもよろしくね。」

彼女に、笑いかけて電車を降りる。彼女と話せる日が来るなんて。


見つめるだけの恋でも諦めない

例え貴方が諦めても、俺が頑張るから振り向いて欲しい、なんて。

我儘かな。


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