短編

□似たもの同士
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政府非公認の組織、鬼殺隊。私がここへ入隊できたのは奇跡に近いと思う。腰に帯刀しているそれは飾りなんじゃないかって程、私は弱い。本当に、恥ずかしいとかいうレベルじゃなく、弱い。鬼に会ったら逃げなきゃ死ぬ!絶対に!

「どうして私鬼殺隊に入隊しなきゃならないの?!入隊して1回目の任務で死ぬ!なんなら入隊する前に試験で死んじゃうからぁ!!」

駄々を捏ねる私を、育手は大丈夫、の一点張りだった。何が大丈夫だ。その後、無理やり行かされた入隊試験だって、鬼から逃げ切れたから良かった。鬼殺隊になればそうはいかない。鬼を斬らなければ帰れない。勿論、私の刀じゃ鬼を切っても無駄だから、なんていういつも使っていた決まり文句は通じない。日輪刀なんて、寧ろ忌々しいくらいだ。

「嫌だなぁ、今度こそ死ぬかも。結婚したかったなぁ。」

「ヒツメはどうしてそんなに恥を晒すんだ。」

隣を歩く炭治郎が、さらりと酷い発言を吐く。善逸のように騙されて借金を背負わされるような事は今までに一度もない!一緒にされては心外だ!

「善逸とは違うもん!私はちゃんと相手を見極めてるから!」

その証拠に、こんなに顔が整っていて優しい炭治郎に靡いてないのだから。私に炭治郎は釣り合わなさすぎる。

「あのなぁ、本人の前で貶すのやめてくれる?!」

「善逸は最近女の子に言い寄る事が無くなったんだぞ。」

炭治郎が、ぎゃあぎゃあ騒ぐ善逸を放って、私に言ってくる。少し前までは善逸の、街で会った女の子に惚れた話を痛いほど聞いていた。そういえば言わなくなった様な気がする。

「とうとう自分は結婚できないと悟ったの…?!」

「お前ほんっと失礼な奴だよなぁ?!」

善逸に意地悪な事を言ってみれば、彼は分かりやすく腹を立てた様子で、そそくさと歩いて行ってしまった。



炭治郎と善逸と私で向かった任務が終わり、近くの藤の家紋の屋敷へとお邪魔させてもらうことになった。何度かお世話になったことのあるお屋敷で、ここの主人の息子が大層かっこいいのだ。

「あの人が好きなの?」

湯浴みを先に借り、夕食を食べて、部屋へと歩いて向かう廊下で善逸が言った。なんでバレた?!

「なに?!別に好きじゃないよ?!こんな人と結婚したいなぁって思っただけで!!」

「好きじゃないのに結婚したいの?」

珍しく、私をいじめる様な言い方をしない彼に調子が狂う。柱の間では、私は善逸の女の子版、と言われている事を私は知っている。別にそれでもよかった。死ぬ前に結婚したいのは本当だし、おまけに弱いんだから他の隊士よりも先に死ぬだろう。そりゃあ焦るに決まってる。

「もっと相手を考えた方が良くない?」

「…善逸に言われたくないんだけど。」

私は騙されたことなんてない。本当にない。善逸のように女の子なら誰でもいい、なんて思ってない。お互い、惚れやすい人間だし隠す事もしないから私は善逸をなんでも言えてしまう悪友ぐらいに思っている。だからこそ、腹が立つ。

「なんなの、善逸から最近女の子の話聞かなくなったと思ってたけど、まさか男の子が好きになっちゃったとか?炭治郎にでも相談してみれば?」

ぐっ、と善逸は口を噤む。初めて善逸にこんな強い物言いをした。それでも怒りは収まらず、踵を返して、あてがわれた部屋へ戻る。私は女だから、部屋が別になっている。1人で布団の上へ座りこむと、はぁ、と溜息をつく。

「言いすぎた…よね。」

自分でも分かっている。でも置いていかれたような気になるのだ。少し前までは、惚れた相手について語り合って、振られたら慰め合って。なのに、善逸は彼女でもできたんじゃないかって程、そういう話をしなくなった。寧ろ、もっと落ち着けと私を嗜めてくるくらいだ。

「やっぱり謝ろう。」

私は思ったらすぐ行動しないと気が済まない。だから好きになった相手にもすぐ気持ちを伝えてしまうのだが。炭治郎と善逸の部屋へと、暗くて肌寒い廊下を進む。

「ヒツメさん。」

後ろから声をかけられて振り向く。屋敷の息子が立っていて、思わずびっくりして髪を手櫛で整える。

「どうかしましたか?」

声が上擦る。まさかこんなところで会うとは。髪も服も湯浴みした後だから整っていないのに、本当に恥ずかしい。

「男性の鬼狩り様の部屋はこちらですよ。」

「あ、そうでしたか、すみません。」

案内されるままに暗い廊下を着いて歩く。あれ、こっちだったっけ…?さっき善逸、あっちに歩いて行ったはずだけど。

「あの、本当にこっちですか?」

「あ、気づきました?」

なに、この人。物腰は柔らかくて、いい人の印象が拭えないのに、瞳だけが怖い。こういう人を、目が笑ってないというのだろう。

「俺、ずっとあなたのこと見てました。」

じりじりとこちらへにじり寄ってくる彼は、怖い。蛇に睨まれた蛙のように身動ぎ一つ出来ない。背中を嫌な汗が伝う。

「私、部屋に戻りますから…っ!」

横をすり抜けようとして、憚られる。身体を壁に押し付けられて鈍い音がした。身体への衝撃が酷くて目を瞑る。

「逃げないでくださいよ、酷いなぁ。」

「痛い…!離してください!」

ぐっと腕を壁に縫い付けられ、背筋がぞっとするような気持ちの悪い声が耳元で囁く。どうにか逃れようと身を捩っていると、途端に押さえつけていた彼の腕が離れて、声が聞こえた。

「この子は俺のなんで。」

声に驚いて薄目を開けると、善逸が側に立っていた。善逸は言うなり私の手を引いて歩き出した。突然の事についていけない。心なしか怒っているような気がする。

「善逸…?」

「なに。」

怒ってる。こんなに怒った善逸は初めて見る。握られた手が痛い。

「善逸、さっきはごめん。言いすぎた。」

「それ、何に謝ってるの?」

私の部屋まで来ると、襖を開けて中に入る。あれ、善逸も入るんだ。なんで思いながら大人しく布団の側に座る。

「さっき善逸に酷い物言いしたから…。」

「じゃあなんで俺のところに来ないで、あいつのところに行ってんの?」

苛ついた善逸は頭を掻きながら息を吐く。しょうがないじゃん、部屋を案内してくれるって言われたんだから。そりゃあ着いていくでしょうよ。

「なにが『相手を見極めてるから大丈夫』だよ。全然分かってないじゃん。」

「…私は別に何もされてない。」

善逸の目の色が変わって、空気がひりつく。何度も言うが、私は善逸と仲が良いと思ってる。少しくらい言い合いをするのなんていつもの事だ。売り言葉に買い言葉なんていつもの事、のはずだった。

「それ本気で言ってんの?」

「なにが…、」

善逸の声がいつもより低くて怖い、と思った。どうしてそんなに怒ってるのか分からない。言いすぎたことは謝ったはずだ。

「なんでそんなに怒ってんの?怖いよ。」

「ヒツメが鈍感すぎるからだろ!」

「なんで鈍感とか言われなくちゃなんないの?!」

「あいつがヒツメをそういう目で見てるって気付いてなかったじゃん!」

確かにそんなこと、気づかなかったけど。そこまで言わなくてもいいじゃん!なんで怒られてるのか意味が分からない。

「なにそれ。善逸、私のこと気にかけてたの?」

さっき廊下で彼に壁に押し付けられた時、怖いと思った。善逸の声がして、すごく安心したのに。ありがとう、って言わなくちゃいけないのに。いつだって、先に身体は動くくせに、言葉は素直になれない。私は、本当に酷い女だ。

「気にするだろ。実際に襲われそうになったのは、どこの誰だよ。」

「そんなの善逸に関係ないじゃん!」

「関係あんの!なんで分かんないの?!」

終始苛ついていた善逸がとうとう声を荒げて、私の腕を掴んで引っ張る。ぐん、と引っ張られた身体は、そのまま善逸の胸の中へと収まった。

「な、なに?!なにすん…!」

「あー!もう!鈍感もここまでくると尊敬するわ!!」

離れようとした手は善逸に絡めとられてしまった。善逸の匂いが鼻腔を擽って、心地良い。仲が良いといえども、抱きしめられた事なんて一度もないから妙にどきどきしてしまう。暫くそのままで居たら、善逸は落ち着いたようで、静かに口を開く。

「俺さ、もう女の子に好きって言ってないの。」

「…知ってる。」

そういえば、炭治郎も言ってた。私にも女の子の話題を振らないし。置いていかれたような気になって、余計に焦った。私と善逸は、お互いライバルのようなものだったのに。

「本気で好きになったら、簡単に言えない言葉だって気づいたわ。」

「…そう、なんだ。」

善逸の鼓動が早い気がする。抱きしめられているから、聞こえる善逸の心臓の音。それに呼応して、私の鼓動も早くなっていく。善逸は耳が良いから、多分この近さだと聞こえてるかもしれない。善逸にどきどきしてるなんて、私どうかしてる。

『この子は俺のなんで。』

さっきの言葉を思い出して余計に意識してしまう。

「ヒツメ、俺…」

見上げると、善逸の金色の瞳と目が合う。熱の篭った瞳に見つめられ、脳が勘違いを起こしてしまいそうになる。あれ、善逸ってこんなに顔整ってたんだ…

「ぜんい…」

「善逸!何やってるんだ、探したぞ!!」

襖が勢いよく開け放たれ、炭治郎の声が飛んでくる。私と善逸はお互い離れるように飛び退いた。

「炭治郎…おまえぇ…!!」

「あれ、どうかしたのか?」

「タイミング悪すぎじゃない?!せっかく良い感じだったのにぃ!!!」

善逸が叫ぶように言いながら炭治郎に詰め寄っている。炭治郎は何のことだか分からずに、ただ善逸を落ち着かせようと必死だ。

「善逸が双六の途中で居なくなったりするからだろう!」

「それどころじゃなかったんだってば!」

「え、双六やってるの?!私もやりたい!!」

「ヒツメも一緒にやろう!」

「お前ら、本当に空気読めよなぁ?!!」

善逸の叫び声は夜の藤屋敷に響き渡ったのだった。


 

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