短編

□閨事のお誘い
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「相談があるんだけどさ。」

清々しいほどの青い空。善逸はそれを見上げながら、数回目になる溜息を吐いた。同じ鬼殺隊の竈門炭治郎を、「縁側で一緒に日向ぼっこ」という名目で呼び出した。鼻の良い炭治郎にはそれが本当の目的じゃないことなんて分かっているんだろうけど。

「どうしたんだ?」

炭治郎がお盆に乗せてあった湯呑みを手に取る。特に驚いた様子もなく、相談が本当の目的だったと理解してくれたらしい。

「真剣な相談なんだよ、だから最後まで聞いてね。」

「…?ああ。」

炭治郎は不思議そうにこちらを見る。からり、と花札の耳飾りが乾いた音を立てた。

「炭治郎はカナヲちゃんと、その…」

俺が恥ずかしくなってどうするんだ!カナヲちゃんには申し訳ないが、俺はこの相談をする相手が炭治郎しか居ないんだ!

「どうして恥ずかしがってるんだ。」

「カナヲちゃんと、一緒に寝たことある…?」

俺の言葉に、炭治郎は湯呑みを煽りながら固まる。ゆっくりこちらを向く炭治郎の目がめちゃくちゃ怖くて、俺は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

「そういう意味じゃないの!あ、いや、そういう意味なんだけど…!」

「そういう意味ってどういう意味なんだ!」

「最後まで聞いてってばぁ!」

炭治郎は鼻を、すん、と鳴らすと湯呑みをお盆へと戻した。どうやら、俺が本気で相談したいと思っていることは分かってくれたらしい。

「ヒツメちゃんと、一緒に寝たい。」

一瞬嫌な顔をされるかと思ったけど、そんなことは無かった。炭治郎だって、男なんだからカナヲちゃんと一緒に寝たいと思うだろう。それは当然、俺にもある。口吸いと抱擁まではしたことがあるけど、その後だ。言ってしまえば、閨事。ただ、どう誘えば、誘った後どうしたらいいのかが分からないのだ。

「善逸はどうしたいんだ?」

「え、だからヒツメちゃんと一緒に寝たい。」

「それをヒツメに言ったか?」

いや、待て、それが出来るなら相談してないぞ。伊之助は絶対に押し引きとかそういうものは皆無だろうから炭治郎に相談したのに。

「かっこ悪いだろ!」

「今まで散々恥を晒しておいて何を言ってるんだ。」

炭治郎に悪気はない。彼はいつも優しくて真っ直ぐな音を鳴らしながら、こんな事をさらっと言ってのけるのだ。

「…炭治郎はどうやって誘ったの。」

炭治郎は、難しい顔をして少し考えてから口を開いた。

「俺は、おいで、と普通に言ったんだが…。」

あまり内容を話すとカナヲちゃんにも迷惑がかかると思った炭治郎はやんわりとそう答えた。

「おいで、って長男だから自然に言えてるけど…俺には無理そう…。」

「まぁ、そうだな…。」

「やっぱり直接、一緒に寝たい!って伝えるのがいいのかな…。」

途端、炭治郎は吹き出すように笑った。なんだよ、失礼だな!

「でも、それが一番善逸らしいぞ。」

「そっかぁ…。」

やっぱりかっこよく誘えないか。まぁ、それが俺らしいといえば、そうなのかもしれない。告白だって、半狂乱になりながらお願いしたし、今更手遅れなのかもしれない。

「そのあと、どうしたらいい…?」

炭治郎が少しでも不満な音を立てたら、謝ろうと思った。だけど意外にも炭治郎は、真剣に考えてくれているようで、俺は炭治郎に相談して良かった、と思った。

「…そもそも、ヒツメは…その…初めてなのか?」

炭治郎が発した言葉に、今度は俺が固まる。ヒツメちゃんが、初めてじゃないって?!そんなわけないだろ!

「そんなわけ…、」

ない、とは言い切れない自分がいた。聞いてないから知らないのだ。俺はてっきり、ヒツメが付き合うのは自分が初めてだと思い込んでいた。

「経験があるのなら、心配しなくていいんだけどな。」

「なんでそうなんの!そっちの方が嫌だよ!!」

炭治郎はバツの悪い顔を浮かべながら苦笑した。笑い事じゃないぞ!

「っていうか、なんでヒツメちゃんのこと色々知ってるんだよ?!」

「この前、善逸の事で相談されたからな。」

「なんでヒツメちゃんは俺に直接相談してくれないの?!」

悔しい。俺の事で炭治郎に相談するくらいなら、直接言ってくれた方が何倍もマシだ。炭治郎はカナヲちゃんと付き合っているから、ヒツメちゃんに靡くことなんてないんだろうけど!

「それ、そのまま善逸に言えることだぞ。」

「でもさぁ!…って、え?」

「ヒツメの事なら直接相談したらどうだ?」

なんか嵌められてない?!確かにそうは言ったけど!
なんか、こんな事で悩むなんて馬鹿らしくなってきた。一緒に寝たいって素直に言えばいい。それだけのことなのに。

「丁度いいところに来たぞ。」

炭治郎はそう言うと立ち上がる。炭治郎の視線は俺の後ろへと向けられていた。振り向くと同時に、俺より少し高い声が聞こえた。

「二人とも何してるの?」

ぶわり、と汗が噴き出す。炭治郎、余計な事を言うなよ、と心の中で祈る。そんな事とは知らず、炭治郎は口を開いた。

「日向ぼっこ。だよな、善逸?」

「日向ぼっこ…?」

「そう!天気良いから日向ぼっこしてたの!ヒツメちゃんも一緒にどう?!」

不思議そうに小首を傾げるヒツメちゃん。可愛すぎて直視できないんですけど…!

「じゃあ私もする!」

「俺は用事があるから、二人でゆっくり…な?」

炭治郎、何も言うなとは確かに思ったけど、含みも持たせるのも駄目に決まってるだろ!ほんととんでもねぇ奴だ!
ヒツメちゃんが炭治郎の座っていた所へ、腰を下ろす。

「何の話してたの?」

後ろ手をついて、両足を子どものようにぶらぶらと揺らしながら聞いてくる。可愛すぎて、心臓がきゅう、と痛くなる。

「男同士の秘密。」

「なにそれ、変態じゃん!」

きゃー!と高い声で驚いてみせるヒツメちゃん。身振り手振りで感情を表現してくれる彼女。これを本気で思ってやっているのだから、ますます可愛くて仕方がない。

「炭治郎にもそんな感情あるんだぁ…意外。」

「あいつも聖人君子じゃないんだから。」

その瞬間、ヒツメちゃんの音が変わるのを聞き逃さなかった。恥ずかしいような、でも知りたいような。今、俺が話しかけたらヒツメちゃんは話し出すのをやめるかもしれない。
俺はお盆に乗った湯呑みを手に取り、口をつける。

「善逸…も?」

「っ、…?!」

炭治郎のように湯呑みを煽ったまま固まる。だってそうだろ?!俺の頭の中はいつだってヒツメちゃんと一緒に居たいとか、柔らかそうな肌に触りたいとか、そんな邪なものでいっぱいなのだ。
ヒツメちゃんはそんな俺の気持ちを知らない。

「そりゃあ、そうだよ!」

「じゃあ、する…?」

する?!するって何を?!緊張して震える手で湯呑みをお盆に戻す。ヒツメちゃんの心臓がどくんどくん、といつもより早く脈打っている。

「するって、何を…?」

ヒツメちゃんは俺の方へ身体を向けて、小さく言った。

「手淫。」

「…っしゅ、…?!」

なに、なんでそうなる?!っていうか、ヒツメちゃんの口からそんな単語が飛び出してきたことにちょっと、いや凄く興奮してしまったんだけど!

「男同士の秘密って、そういうことでしょ?」

「え、ちょっと待って、どういうこと?!」

恥ずかしがるヒツメちゃんには申し訳ないが、彼女の考えがわからない俺は聞き返すことしか出来なかった。
ヒツメちゃんは、吹っ切れたようにすこし赤い顔をあげた。

「春画とか見て、手淫するんじゃないの?」

要するに、男同士の秘密、という言葉に違う答えを当てはめてしまったらしい。一人で慰めている話を、炭治郎としていたと思われていたんだ。俺は首を勢いよくぶんぶんと振って否定した。

「確かに男同士の秘密とは言ったけど違うよ!」

「…違ったの?じゃあ男同士の秘密って、なに?」

ヒツメちゃんは構うことなく聞いてくる。っていうか、ヒツメちゃん、俺に手淫しようとしてたんだよね?!これじゃ、本当に経験があるみたいじゃない…?

「俺は、さ。ヒツメちゃんのことが本当に大好きで大切なわけ。だから、その…。」

ヒツメちゃんは俺が何を言おうとしているのか、察したようだった。急かす事なく、俺が言葉を紡ぐのを黙って待っていた。

「…一緒に寝たい。」

「いいよ。」

言い終わると同時に返答が返ってくる。もう少し渋ったりするものだと思っていた俺はぽかんと口を開けてヒツメちゃんを見つめる。

「…いいの?!」

「うん。」

「こ、怖くないの?!」

俺の方が心配になってしまうくらい、ヒツメちゃんは平然としていた。まるでご飯に誘われたかのように笑っている。もしかして本当に一緒に寝るだけだと思ってる…?

「初めてだし、怖くないことはないけど、」

太陽のように明るい笑顔を俺に向けながら、ヒツメちゃんは続ける。初めて、という言葉から、俺の意図することは理解してくれているみたいだ。

「善逸は私の嫌がることはしないもん。」

うわぁ。今絶対心臓一瞬止まった。いい子すぎない?俺には勿体なくない?なんて言っても俺以外には絶対渡さないけど。

「でも、痛いって聞くけど…大丈夫…?」

「んー、まぁ、善逸ならいいよ。」

ふにゃりと笑うヒツメちゃん。もちろん最初から無理強いをするつもりはなかった。ただ、俺の事をそれだけ信じてくれているということが嬉しかった。

「痛かったら止めてくれるよね?」

俺はこの時知らなかった。

大好きな女の子が、乱れる姿を前にお預けを食らうことがどんなに辛いことなのかを。

俺はヒツメちゃんの言葉に、力強く頷いたのだった。


 

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