短編

□隠れた独占欲
1ページ/1ページ



からり、とコップの中の氷が音を立てて沈む。目の前に座る同僚は酔い潰れてテーブルに突っ伏している。冷めてしまった最後の唐揚げを箸で摘んで口の中へと放り込むと、柔らかい金髪をぽん、と軽く叩く。

「ねぇ、もう帰ろ?」

「なんでだよ、俺まだ飲んでるだろ…」

「善逸が飲んでるのは溶けた氷だよ。」

もう一度、帰ろう、と言えば同僚は拗ねた様に上半身を起こした。仕事帰りに、目の前の金髪男、善逸と飲みに来た。何回か一緒に飲んだ事はあるけど、ほぼ毎回こうなる。
同棲している恋人、炭治郎に連絡を入れてはいるけど、あんまり心配をかけたくない。

「じゃあ家まで送るから立って。」

「ほんとぉ?嬉しいけど炭治郎に怒られるよぉ…」

家まで送る、なんて男が女に言う台詞じゃないか?まぁ、初めてのことじゃ無いのでもう慣れてしまった。
会計を済ませて、善逸を支えながら肌寒い夜道を歩く。ポケットの中で携帯が震えたけど、ほぼ眠っているような状態の善逸を引き摺りながら携帯を見る事は出来ない。
きっと炭治郎からだろう。返信したいのは山々だけど、善逸の家はそう遠くない。着いてから返信しよう。

賃貸マンションの1階に、我妻とボールペンで書かれた表札を見つけた。だらしないなぁ、なんて思いながらも、勝手に善逸の鞄を漁り、鍵束を見つける。

「うそ、俺ってばいつの間に帰ってきたの…」

「起きるならもうちょっと早く目覚ましてよ…。」

家へ帰ってきた途端に覚醒するなんて、ここまで運んだ私の苦労は何だったのか。ベッドへ善逸を寝かせて、水の入れたコップをテーブルに置く。一人暮らしの善逸には介抱してくれる人が誰もいない。
面倒くさいとも思うけど、放っても置けない。仕事では沢山助けてもらっているし、彼が私を襲ったりしない人なのは炭治郎からも言われて知っているからだ。

「んふふ、ヒツメちゃんありがとうねぇ…」

「もう、ちゃんと明日出勤してよね。」

「大丈夫だよぉ…」

微睡んでいる善逸を置いて家を出る。少し歩いたところでポケットで再び震えた携帯に、炭治郎のことを思い出した。連絡を返すのを後回しにしていたんだった。

『今どこにいるんだ?』

『迎えに行く』

表示された二つのメッセージ。まだ店に居ると思われているのかもしれない。急いで店を出ている、という内容を打ち込み、送信ボタンを押そうとした時、ふと目の前に人の気配がして顔を上げた。
肩で息をしている部屋着の炭治郎がそこに立っていた。

「あ、ごめん炭治郎、善逸が…」

炭治郎の元へと小走りで向かう。息を整えた炭治郎が、突然私の腕を掴む。驚きながら私よりも少し高い炭治郎の顔を見上げる。
暗がりでも分かるほど、顔が赤い。掴まれた手の温度も熱い。

「え、どうし…、」

訳も分からないまま、引きずられる様に歩かされる。炭治郎の早歩きについて行けず、合間に走らなければ転けてしまいそうだった。
炭治郎、と名前を呼んでも聞こえていないのか、無言のまま家へと帰ってきた。

炭治郎は家の鍵を開けると私を玄関へと押し込んだ。ドアが閉まる音と同時に壁へと身体を押しつけられる。終始無言の炭治郎が怖くて、自然に身体が強張る。

「なに…んっ…!」

いきなりキスをされて息が出来なくなる。酸素を求めて唇を開くと、炭治郎の熱い舌が咥内へと割り入ってくる。

「たん、じろ……!」

両手で炭治郎の体を押すと、すぐに顔を離してくれた。でもその代わり首元に強く吸いつかれた。

「ヒツメ、」

電気も付いていない玄関では炭治郎がどんな表情をしているのか分からない。ただ、彼が呼ぶ私の名前が、熱っぽくて心臓が煩いほど音を立てている。

「そんなに善逸が大事なのか…?」

善逸?どうして善逸の名前がここで出てくるんだろう。善逸が大事なのだとしたら、私は炭治郎と付き合ってなどいないのに。

「そんなわけ、」

「善逸から連絡が来た。ヒツメは俺の家に居るって。」

なんだそれは。きっと善逸がややこしい言い方をしたに違いない。送ってくれた、という一言が無ければ、浮気だと思われても仕方ないだろう。

「酔い潰れてたから送っただけだよ。」

「本当か?」

嘘かどうかなんて鼻の利く炭治郎なら分かるはずなのに。

「本当だよ。ね、リビング行こ?」

「嫌だ、俺は離れないぞ。」

「炭治郎、何か変だよ。」

「ヒツメが可愛いからだ。」

駄目だ、会話になってない気がする。半ば無理やりリビングへと移動すると、テーブルに乗っている幾つもの空き缶が目に止まる。
炭治郎はアルコールに弱い。それも、缶ビール一本で顔が真っ赤になって眠ってしまうほどに。

「一人で飲んでたの?!」

「…ヒツメばっかり飲んでずるいだろ。」

アルコール度数が低いものも混ざっているけど、4.5本は空いている。炭治郎に後ろからしがみつくように抱き締められながら、テーブルの上を片付けていく。

「珍しいね、起きてたの?」

「ヒツメが帰ってくるまで寝れなくてなぁ…。」

耳元で、すん、と匂いを嗅がれる。お風呂もまだ入っていないのに、と避けようとするけど炭治郎は構うことなく嗅いでくる。

「ちょっと、擽ったいよ…。」

「駄目だ、逃がさない。」

ブラウスのボタンを上の方だけ器用に外すと露出させられた肩に吸いつかれる。

「跡がついちゃう…!」

「ヒツメは俺の物だって印が必要だろう。」

普段の炭治郎はこんなにも独占欲を剥き出しにしない。だからいつもと違う炭治郎にときめいてしまう自分が居る。

「っ…炭治郎?」

肩が重い。声をかけても返事がなくて、振り返ってみる。炭治郎は肩に頭を乗せたまま、寝息を立てていた。さっきまで普通に喋っていたのに、突然眠ってしまうなんて。

私が帰ってくるまでは寝ない、と気合で起きていたのだから仕方ない。だとしても、だ。この胸のときめきをどうしてくれようか。散々人を煽っておいて、寝てしまうなんていくらなんでも酷くない?



次の日、炭治郎はお酒を飲んでから記憶が無かったらしく、私を迎えに来たことも覚えていなかった。当然、その後の事も記憶にないらしく、昨日お預けを食らった私はここぞとばかりに肩の内出血を見せつけた。

「誰に付けられたんだ?!」

「…分かんない。独占欲の強い誰かさんじゃない?」

「善逸か!!あいつヒツメになんて事を…!」

記憶も無ければ、独占欲が強いという自覚も無かった炭治郎は、その後善逸に強く詰め寄ったらしい。

あんな炭治郎を見られるのなら、善逸だけでなく炭治郎と飲むのも良いな、と思ったのだった。


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ