短編

□俺の方がずっと好き
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「…は、?」

私の言った言葉に、金糸を揺らしながら目の前の男は眉間に皺を寄せた。訳が分からない、といった表情で真っ直ぐに私を見つめている。

「なんで?ヒツメちゃんは俺のこと好きでしょ?だったらなんで別れるなんて言うの?」

「善逸には分からないよ。」

音で人の好意や感情を推し量ることが出来るのならら私の気持ちを理解して別れてくれてもいいのに。

「嫌だ、俺なにかした?」

「ごめん。」

「っ、待って…!」

泣きそうになりながら、彼は私の腕を掴む。私は勢いよくそれを振り解いた。拒絶された彼は目を丸くして固まっている。

「善逸を愛してくれる人なんて沢山いる。私じゃなくてもいいでしょ。」

彼を残して私は足早にその場を去った。



苛々しながら一口サイズに切ったパンケーキを口へと放り込む。そんな様子を何も言わずにじっと見ているのは私の友人であるカナヲだ。
アイスティーの入ったグラスから伸びるストローを咥えたまま、私をじっと見つめてくる。

「カナヲはいいよね。」

「どうしたの?」

「炭治郎と上手くいってそうでさ。」

嫌味じゃない。心の底から、羨ましい、ただそれだけ。カナヲは不思議そうに首を傾げた。

「ヒツメちゃんと善逸くんもでしょ?」

「上手くいってたら呼び出たりしないし、カナヲにこんなこと言わないよ。」

カナヲとは付き合いが長い。カナヲは直接言わないと、理解が遅い。雰囲気で察する、ということに関しては少々不器用だ。

「善逸と別れる。」

「…そう。」

正確に言えば、別れたい、と切り出して逃げてきたのだけど。いつもなら必死に縋り付く善逸が、あの時ばかりはそうはしなかった。

私達はもう駄目なんだと思う。

「でもヒツメちゃんはまだ善逸くんを好きなんでしょ?」

「好きだけじゃどうにもならないくらい、辛い。」

「……。」

「もうやだ…なんで善逸を好きになっちゃったんだろ…」

涙がぼろぼろと溢れる。フォークを持ったまま、私は俯いた。

彼は人気者だ。学校の中では炭治郎と並ぶほどの人気者。そんな彼に恋心を寄せるのは私だけじゃない。
ダメ元で告白したのに、付き合えるなんて思っていなかった。だから付き合えた時のことをまったく考えていなかった。

炭治郎は優しいけどカナヲが居るから、と他者からの好意をやんわりと断ることが出来る。
でも善逸は違う。私という存在がいても、変わらず他の女の子と遊ぶ。
彼はそういう人間なんだって、付き合う前から分かっていたはずなのに。

「直接思ってること言ったの?」

「言えない、言えるわけないよ…。私が善逸と付き合えたのも、そのおかげみたいなものだもん…。」

善逸は私と付き合う前は、ちゃんと彼女が居た。それは炭治郎の妹の禰豆子ちゃんで、目に見えて楽しそうな二人を見て心が痛んだ。
それなのに、彼女が居る善逸に私が敢えて告白したのは、私が自分の恋を終わらせたかったからだ。
ただの自己満足だ。

「私もいつか、いきなり捨てられるんだと思う。」

「そんなことないと思う、けど…」

言葉を濁すカナヲ。何も悪くないカナヲを困らせている。涙を拭い、パンケーキを口へ詰めてミルクティーで無理矢理流し込む。

「カナヲ、ごめんね、付き合ってくれてありがとう。」

カナヲのグラスにはまだアイスティーが残っていたけど、私は伝票を持って立ち上がった。

「また明日学校でね。」

手をひらひらと振って会計を済ませて店を出る。

善逸とは付き合って半年ほど経つ。だけど私を喜ばせたい一心で彼は色んな所へ連れて行ってくれた。私が嬉しい、と言えば顔を綻ばせた。
そんな思い出を振り返ってしまって、家までの道のりが遠く感じた。



「あ…、」

はた、と足を止める。学校の廊下、その向こう側に炭治郎と善逸が居る。しかも、ばったりハチ合わせてしまった形で、二人は私をしっかりと認識したに違いない。

「ヒツメちゃん!待って…!!」

善逸の声が聞こえる。踵を返して私は逃げてしまった。

私って本当に、最低だ。



急いで入った女子トイレの鏡に、涙でメイクがぼろぼろの不細工な私が写っている。幸い、トイレには誰もいないようで個室の扉は全て空いている。

「うっ…うう…!」

ハンカチで幾ら拭っても涙は止まらない。
他人から善逸を奪っておきながら、今度は奪われる可能性に怯えるなんて。

「ヒツメちゃん?」

少し高い女の子の声にトイレの入り口へ視線を向ける。カナヲが複雑な表情でそこに立っていた。

「カナヲ、私、善逸の彼女でいたい…」

「…そう。」

始まりがあんな形だったから、私は善逸を信じることが出来ない。私もいつか捨てられてしまうんじゃないか、って。

「じゃあ、話そう。」

カナヲが私の腕を掴んで女子トイレから引き摺るようにして、連れ出す。カナヲがこんなにも強く私を連れて行こうとするのは初めてだった。
連れて行かれたのは校舎の裏。

「あ、カナヲ。連れて来たか。」

炭治郎がカナヲに微笑みかける。笑顔が眩しい、という表現がこれほど似合う男なんて炭治郎ぐらいだろうな。

「じゃあカナヲ、俺達は行こう。」

「うん。」

「え、カナヲ、何処に行くの…?!」

炭治郎がカナヲの手を引きながら歩いて行く。残された私はその場に固まる。いきなり連れてこられて放置ってどういうこと…?

「ヒツメちゃん。」

「っ…!」

聞き覚えのある声。一番聞きたくて、でも一番聞きたくなかった善逸の声。ゆっくり振り返ると彼は泣きそうな顔でそこに立っていた。

「ごめん、俺が炭治郎とカナヲちゃんに、ヒツメちゃんを連れて来てほしいってお願いしたの。」

なるほど、そういうこと。確かに今の私は善逸に呼び出されても行かないだろう。だからこんな方法で私を呼び出したんだ。

「ねぇ、俺のこと好き?」

「…うん。」

「まだ、俺と別れたいって思ってる…?」

善逸の潤んだ蜂蜜のような瞳が私をじっと、見据えている。その問いかけに胸がきゅう、と苦しくなる。やっとのことで頭を縦に振る。

「嘘ついてる。」

「ついて、ない…!」

私だって分かってる。彼にはそんな嘘が通用しないことなんて。

「…分かった。」

私が望んだ言葉。なのに、やっぱりショックを受けてしまう自分が嫌だった。

駄目だ、泣くな。ここで泣いちゃ駄目だ。

「ヒツメちゃんの気持ちは分かった。今度は俺の気持ち、聞いて。」

涙を堪えようと作った握り拳を、善逸の手が包む。

「悲しませてごめん。でもヒツメちゃんを大好きなのは本当だよ。」

「…やだ、」

「え?」

私は何を我慢する必要があったんだろう。もう別れるなら、これから先に関わることがないのなら、もう全て曝け出してしまっても問題ないじゃないか。

どんなに醜くて自己中心な人間だと思われても、もう関係ない。

「善逸が、他の女の子と遊ぶのは嫌だ。」

「うん。」

「同じことをしておいて、されたらどうしようって不安になる自分が嫌だ。」

「うん。」

「善逸が私を捨てて他の人のところへ行っちゃうのが嫌だ。」

「…うん。」

善逸は催促することもなく、私の拳を包んだまま聞いている。私がこれ以上何も言わないと分かると善逸は呆れたようなため息を吐いて見せた。

「俺は、好きじゃない子とは付き合わないよ。」

「っ、でも…!」

「俺はずっとヒツメちゃんを好きだった。ヒツメちゃんが俺に好意を持ってくれる前からずっと。」

私が善逸のことを好きになる前から善逸は私のことを好きだった?
私と善逸が初めて会話したのは、文化祭の打ち上げだった。その時には既に炭治郎とカナヲは付き合っていて、飲食店のテーブルは必然的に私とカナヲ、炭治郎と善逸が座ることになったのだ。
あの時既に、善逸は私を好きだったっていうの?

「でも、それだと禰豆子ちゃんが彼女だっていう話がおかしいよ。」

「なんで禰豆子ちゃんが俺の彼女だっていう前提なの?」

ぐっと口を噤む。確かに私は善逸の口から直接聞いたわけじゃない。でもあんなに仲良さそうにしてるところを見てしまって。周りの人間も口を揃えて付き合ってるって言っていたら。

「禰豆子ちゃんとは付き合ってないよ。炭治郎の妹だから、一緒に遊んだりしてただけ。」

「ご、めん…決めつけて…。」

「決めつけたのはそれだけじゃないでしょ。」

善逸は私の体を抱き寄せて、頭を撫でた。ふわり、と善逸の匂いが鼻を擽って、堪えていた涙がぼろぼろと溢れてしまう。

「俺がヒツメちゃんを捨てて他の人のところへ行っちゃうってやつ。」

嫌なの言葉にびくっと体が反応する。顔を上げると少し拗ねたような表情の善逸が見えた。

「一目惚れして、やっと手に入れたのに離すわけないじゃん。」

「ほんと…?」

「…俺の言葉も信じられなかったらヒツメちゃんは何を信じるの?」

周りの人が憶測で言った言葉と、善逸が言った言葉。どちらを信じるかなんて、そんなの考えなくたって分かる。どうして自分は善逸を信じなかったんだろう。

「ごめん、ごめんなさい…!」

「俺の方こそごめん、ちゃんと言った方が良かったね。」

善逸は困ったように続けた。

「ヒツメちゃんが他の女の子から酷いことをされないように女の子に頼んでたの。炭治郎みたいに断るのって俺には向いてないみたい…。」

他の女の子と遊んでた訳じゃない、と聞いて胸につっかえていた何かがするりと落ちる、
確かに善逸は他の女の子と遊ぶときは連絡もちゃんとくれるし、私より長く女の子と遊んだことなんて無かった。

「これでもまだ別れたいって言う?」

「…言わない。」

善逸は私の髪を撫でながら安心したように笑った。


 

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