短編

□堂々巡り
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不条理な綺麗事



「クリスマス?」

「そう、どうせ予定ないだろ。皆でパーティーでもしようぜ!」

一際目立つ金髪を揺らしながら、善逸は笑った。彼は大学に入ってから出来た友達だ。だというのに、私に対して失礼なことばかり言ってくる。
彼曰く、私という人間は話しやすいのだそうだ。

「それに誘ってくるってことは、善逸もクリスマスは予定ない、って言ってるのと一緒だよ。分かってる?」

「はぁ?!違うし!失礼な奴だな!!」

いや、どう見てもそうでしょ、とは言わずに笑いながらありがとう、と返す。最も、何故か勘の鋭い善逸には私の考えていることなんて筒抜けなんだろうけど。

「プレゼント交換もするから、何か用意しといてくれよ!」

何か小学生みたいなこと言い出したぞ、と思ったけどこれも敢えて言わない。分かった、と返して大人しく適当にプレゼントを用意すればいいか。なんだかんだ言いながら、善逸と一緒に居るのは楽しい。
彼は女の子が大好きで、大学でも手当たり次第に話しかける。もちろん、私だって女の子だし、友達になったきっかけだって善逸に話しかけられたからだ。でも今は違うし、私は善逸に女の子の扱いをして欲しいとも思っていない。

私には好きな人がいるからだ。

「安心しろよ、炭治郎も来るって言ってたからさ!」

にしし、と悪戯に笑う善逸に悔しく思いながらも、心の底から憎めないのも事実だ。
私の想い人を知るのは善逸だけだ。当然、私はそんな事を一言も口にしていない。なのに何故か彼にはバレているのだ。

「善逸は予定ないの分かるけど、炭治郎も予定ないの?」

「俺は予定ないんじゃなくて、わざと入れてないの!皆でクリスマスパーティーしたいだろ!」

今の私には恋人もいないし、そりゃあパーティーするっていうのならそっちの方が嬉しい。でも炭治郎や善逸もそうだとは限らない。まぁ、約束を取り付けたのならもう何も言わないけれど。

「ほんと世話の焼けるやつらだよ。」

「…どういう意味よ?」

私は炭治郎を好きだけど、それに関して善逸に何か頼んだ記憶は無い。おまけにやつら、って言われたけど、誰のことなんだろう。深く考えても分からないだろうし、素直に教えてくれないだろう。なんにせよ、今は炭治郎とクリスマスに会えることを楽しみにしておこう。



クリスマスパーティーをすると言い出したのは善逸だったはずだ。だから私はてっきり善逸の家で集まるものだと思っていた。なのに連れてこられたのは、まさかの炭治郎の家だった。

「ヒツメ!来てくれたんだな!」

「えっ、と…お邪魔します。」

「…俺の存在、忘れてない?!」

靴を脱ぎ、炭治郎の後に私と善逸が続く。一人暮らしの大学生の部屋にこの人数は少し狭く感じる。

「ヒツメ、久しぶり。」

「カナヲも来てたんだ、久しぶりだね!」

にっこりと笑うカナヲの横に座る。テーブルの上にはお菓子が幾つか乗っていて、既に開かれたものもある。

「お前ら来るの遅ぇからもう食ってるぜ!」

ポテトチップスを口へと放り込みながら伊之助が笑う。どうやらいつものメンバーのようだ。

「ヒツメは何を飲むんだ?」

「あ、じゃあビールで。」

「炭治郎、俺も!」

廊下に置かれた冷蔵庫を覗き込む炭治郎が複数の缶ビールを持ちにくそうにしているのが見えて、慌てて私がそれを手伝う。

「ごめん、持つよ。」

「っ!…すまない、助かる。」

今の間はなんだろう。そんな驚く事でも無いと思うけど…。
炭治郎は少し視線を泳がせたか思うと、そっと顔を近づけてくる。ビールを持ったまま、私は固まる。

「今日も一段と可愛いな。」

にこり、と笑う炭治郎に心臓が煩いほどに鳴る。今、炭治郎に可愛いって言われた…?!

「ヒツメ?」

「あ…ご、ごめん!」

カナヲの声に慌てて返事をして踵を返す。炭治郎、まさかもう酔ってる?いや、そんなはずはない。お酒の匂いもしてなかったし、今から乾杯するところだ。じゃあ素面であんな事を…?!

「プレゼント交換しようぜ!」

伊之助の掛け声で各々が用意してきたプレゼントを手元に出す。善逸がそれと同時に紙とペンをテーブルの上に乗せる。

「あみだくじで決めようぜ!俺もう用意してきたから!!」

「はぁ?!なんだそれ、もっと面白ぇやつ…、」

「馬鹿、お前は黙ってろってば!!」

善逸が酷く慌てた様子で伊之助の口を塞ぐ。あみだくじで決めるとかプレゼント交換とか。童心に返ったみたいでむしろ楽しくなってきた。

「じゃあ俺から時計回りで名前書いていこ。」

善逸、炭治郎、伊之助、カナヲ、私の順番で名前を書いていく。皆は思ったよりもわくわくしていないのか、迷う事なく名前を書いていった。

「あれ、あみだくじって名前と線を一本書き足すんじゃ無かったっけ?」

私は残ったところに自分の名前を書きながら善逸に言った。私の知っているあみだくじは確かそうだったはずだ。善逸は分かりやすく焦りながら笑った。

「そうだっけ?!でももう書いちゃったからいいよね!」

「まぁ、私は構わないけど…。」

皆は何も言わずに折りたたまれた紙の部分を見つめている。善逸がそれを開き、赤いペンで名前から線を辿って降りていく。

結果、私は炭治郎の、炭治郎は私の、プレゼントを貰う形になった。偶然とはいえ、炭治郎からクリスマスにプレゼントが貰えるとは思ってなかった。

「はい、炭治郎。気に入るか分からないけど…。」

「ありがとう、俺からも、これ。」

さっきの言葉を思い出して一気に恥ずかしくなる。顔赤くないかな、なんて思いながら私は小さめの袋を渡す。炭治郎から渡されたのは小さめの箱だった。

「開けてみてもいいか?」

「うん。私も開けるね。」

丁寧にラッピングされた包みを取り、箱の中を開いてみる。小さなハートの形が可愛らしいネックレスだった。こ、こんなの貰っちゃっていいの…?!
私が用意したのは男女問わず使えるハンカチ。一応良いブランド物で、シンプルなデザインを選んでおいたから炭治郎でも使えると思う。

「ヒツメ、ありがとう!嬉しいよ!」

目をキラキラさせて炭治郎はハンカチを眺めている。そんなに喜んでもらえるとは…。炭治郎が、はっとして私の方に向き直る。

「それ、着けてもらえるか?」

炭治郎にそんな風に言われて、頷くことしか出来なかった。炭治郎が私の後ろに座る。何これ、何なのこの状況…!

「ちょっとごめん、触るぞ。」

炭治郎の手が私の髪に触れる。緊張からか、びくっと体が震える。変な声が出そうになるけど、口をきゅっと噤んで耐える。

「ぷっ、くく…権八郎変な顔してやが…っぶ!」

「っしー!余計な事言うなってば!!」

隣で伊之助と善逸が騒いでいるのが聞こえる。炭治郎が変な顔をしている?まさか、私から汗の匂いがするとか…?!炭治郎が、よし、と言ったのを確認すると私は勢いよく立ち上がる。

「ごめん!私お酒買ってくる!!」

え、と皆が驚く間に私は財布を持って炭治郎の家を出た。
どうしよう、嫌われたかな…。
なんだか私一人だけが浮かれたり沈んだりしている。はぁ、と深い溜息を吐きながら外灯の少ない夜道を歩く。確か炭治郎の家に来るまでにコンビニがあったのを覚えている。
適当にお酒とお菓子を買い、コンビニを出る。クリスマスなのにコンビニで一人こんな買い物をするなんて、店員に寂しいやつだと思われただろうか。そんなどうでも良い事さえ悔しく思えてくる。

「ヒツメ!!」

「た、炭治郎?!」

コンビニの袋を手に歩く私を呼ぶのは炭治郎だった。まさか炭治郎が追いかけてくるとは思いもしなかった。その表情は酷く焦っていて、微かな外灯でも分かるくらいに薄らと額に汗が浮かんでいる。

「良かった、探したぞ!」

「え、そうだったの?!ごめん、気付かなくて…!」

炭治郎は息を整え終わると、お酒が入ったコンビニの袋を持ってくれた。一度は断ったものの、炭治郎は頑固だから絶対に譲らないのも知っている。だから素直に甘える事にした。

「携帯置いていっただろう?後を追いかけたんだが見失って探し回っていたんだ。まさか、遠い方のコンビニに行ってるとは思わなかったぞ。」

そうだ、急いでいて財布だけを持って家を出たんだ。余計な心配を掛けてしまった。

「ごめんね、急に飛び出したりして。」

「いや、いいんだ。それより、随分と焦ってたけどどうしたんだ?」

炭治郎は善逸と同じで異様に勘が鋭い。鼻が良いからな、なんて冗談で言われたのは最初の方だ。

「伊之助が、炭治郎が変な顔してるって言ってたから、その…、」

炭治郎は何も言わずに私の言葉の続きを待っている。外灯が少なくて暗い為、隣にいる炭治郎がどんな表情をしているのかよく見えない。

「あ、汗の匂いとか…気になっちゃって…!」

どうして好きな人の前でこんな辱めを受けなければならないのか。そもそも素直に言う必要も無かったのに。
炭治郎は、空いた方の手で顔を覆いながら、はぁー、と長い息を吐いた。

「…ごめん、違うんだ。確かに変な顔してたとは思うけど、それにはちゃんと理由があるんだ。」

珍しく炭治郎が困っている。

「ヒツメ、聞いて欲しい。」

「…うん?」

炭治郎が何故か真剣な表情でじっと私を見つめる。思わずどきっ、として私は体を固くする。

「今日のこと、善逸が張り切ってくれたんだ。その、プレゼント交換とか色々…。」

「…プレゼント?」

よく考えてみればおかしい。炭治郎はあみだくじの時には既にネックレスを用意していた。今私の首で光っている、このハートのネックレスを最初から。あみだくじで、善逸や伊之助が炭治郎のプレゼントに当たってしまうかもしれない可能性。炭治郎は初めからそれを考慮していなかったんだ。する必要がなかったから。
あのあみだくじは善逸が作ったもので、どこに名前を書けば誰にプレゼントを渡せるのかを知っていたから。

「どうしてそこまでして私にこれを…?」

「…まだ分からないのか?」

プレゼントを私に渡したかったのは分かった。でもその理由が知りたい。もしかして、炭治郎は私と同じ気持ちなんだろうか。そうだとしたらどんなに嬉しいか。

「俺は鼻が利くって言っただろう?だからヒツメが俺の事をどう思ってるか、分かるんだ。」

「うん。…って、え?!」

それってつまり、私が炭治郎に恋心を抱いていることを、炭治郎本人に知られているってこと?!っていうか、好意の匂い、なんて言葉自体が初耳だ。

「同じ気持ちなのに踏み出せなくて…見兼ねた善逸が今日のこと色々やってくれたんだ。」

「えっ、と、つまり…」

混乱して状況が飲み込めない。私と炭治郎が同じ気持ちってことは…。

「…好きだ。俺と付き合って欲しい。」

口は動いてるのに喉から声が出ない。私は熱い顔を隠すようにしながら頷く。途端、ふわり、と炭治郎の匂いに包まれる。

「た、炭治郎…?!」

「ごめん、ヒツメと付き合えた事がこんなに嬉しいとは思ってなくて。」

私を抱き締める力が少し強くなる。私と違って炭治郎は鼻が利くんだとしたら、こうなることも分かっていたはずだ。なのに私よりもずっと嬉しそうだった。

「自分で思っていたよりもずっと、ヒツメのことが好きみたいだ。」

炭治郎にこんな事を言われる日が来るなんて、夢みたいだ。



「二人とも遅い!皆寝ちゃったじゃん!!」

扉を潜ると善逸がリビングから走ってくる。

「ごめんごめん、お酒買ってきたから三人で飲みなおそう。」

炭治郎がコンビニの袋を軽く持ち上げて善逸に見せる。

「俺のお陰で付き合えたんだから当たり前だろ!」

「はは、やっぱりバレてたか。」

「帰ってくんの遅いし、音で分かるっての!」

善逸に続いてリビングへと入ると、部屋の隅で小さくなって寝息を立てるカナヲと、大の字になってイビキをかいている伊之助が見えた。

「今日は朝まで付き合えよな。」

「そんなに話す事ないでしょ。」

善逸が分かりやすく溜息を吐きながら私と炭治郎を見やる。

「お前らの関係に俺がどんだけヤキモキしたと思ってんの!」

その後、私と炭治郎は自分達の恥ずかしい話を朝まで聞かされることになったのだった。


 

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