短編

□確信を得た頑固者
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鬼殺隊である前に、私は一人の女だ。だから、任務が無い時はそれなりに出掛けたいと思うし、お洒落もしたい、と思う。
久しぶりに町へと足を運ぶと、この前見た小物屋が甘味処に変わっていたりと、見ているだけでも飽きない。

「ヒツメちゃんは何が欲しい?俺が買ってあげる!!」

私の後ろを歩くのは同じ鬼殺隊の善逸。私が一人で町へと出掛けようとしていると分かるや否や、勝手に着いてきた。
迷惑ではないけど、一人で買い物をしたかった、という気持ちもある。

「いらないよ。それに欲しいものは自分で買うから。」

「じゃあ俺が着いてきた意味がないよ!」

「勝手に着いてきたのは善逸だよ。」

彼と出掛けることは嫌じゃないけど、この貢ぎ精神に関してだけは少しばかり迷惑だった。同じ階級なのだから、薄給ではないことは分かっているはずなのに。

冷たいこと言わないで、とでも言うのかと思った。振り返ると喋る珍妙なたんぽほは消えていた。代わりに少し離れた所で小綺麗な着物に身を包んだ女性に縋る善逸が見えた。

別に一緒に来た訳じゃないし、諭す必要もないか。
側にあった小物屋へと入ろうとした時だった。

「お姉さん、暇そうだね?」

低い声と同時に、肩に手が乗せられる。眉を顰めながら私よりも少し高い身長の声の主を見上げる。助けた人の顔なら大体は覚えているけど、この人の顔に覚えはない。

「暇じゃない、あっち行って。」

「じゃあ俺と一緒に行こうよ。」

「…っ!」

腰に手を回されてぞわり、と背筋を冷たい何かが駆け下りる。この男は鬼とは違う何かを感じる。
鬼に鬼狩りや食事として見られることはあっても、こんないやらしい感情が向けられることは無かった。
それが酷く、気持ち悪い。

「離して。さもないと…」

「ねぇ、何してんの?」

後ろから善逸の声がする。いつもの高い声と違って低い声色に私はびくっと肩が跳ねた。
私の腰を撫でるように触る男が、下卑た声色で笑う。

「俺達今から良いところに行くからさぁ、邪魔すんなよ。」

「っ…!」

男の手が、私の体を這う。こうなったら、一般人だとしても仕方ない。少々手荒だが、力づくで振り払うしない。

「嫌がってるだろ、そんな事も分かんないの?」

善逸の声が頭上で聞こえる。さっきまで離れたところに居たのに。一瞬で男から引き剥がしてくれた。
横抱きにされたまま、男から距離を取る。

「女の子に無理強いするな。」

善逸が鋭い目で男を睨みつける。男は反論しようとしたけど、騒ぎで人が集まってきたことに気付いて逃げる様に去っていった。
私を抱える善逸がそのまま歩き出す。あれ、私何処に連れて行かれるんだろう。
思ったよりも体格の良い胸の中で、そっと善逸の顔を見上げる。そこにいつもの情け無い善逸はいなかった。
善逸ってこんなにかっこよかったっけ?
初めて抱いた感情に、私は戸惑った。

「善逸…?」

「…え、あ!ごめんね?!」

善逸ははっと私の存在に気づくと慌てて降ろしてくれた。いきなり抱き抱えちゃってごめんね!!なんて泣きそうになりながら謝る善逸に、さっきまでの別人のような面影は無い。

「鬼殺隊なんだから、あれぐらいすぐに投げ飛ばして逃げろって感じだよね。」

はは、と軽く笑って見せる。
男女で力の差があったとしても、実際はそれだけじゃない。力のかけ方や身のこなしでそれらを補うことは可能だ。だから本当はあの男を投げ飛ばすくらいは容易なはずだったのだ。
なのに何故か、身体が思うように動かなかった。

「ヒツメちゃんは、鬼殺隊である前に一人の女の子だよ。」

突拍子もない話をされて私は小首を傾げた。善逸はすごく複雑な顔をしていて、私は何と言えばいいのか分からなくて、ただ言葉の続きを待った。

「だからヒツメちゃんが男の人を怖いと思うのは普通のことなんだよ。」

怖い?私が?さっきの男の人を?
確かに鬼とは別の、醜い欲の色を私はあの時に感じた。酷い嫌悪感に背筋が凍るようだった。
そうか、私は怖かったのか。今まで、異性にそんな目で見られると思っていなかったから。

そこまで考えて、私はふと気づく。そういえば善逸だって男だ。おまけに、いい匂いがするだの、触りたいだのと、下心が目に見えて分かる発言を繰り返す。さっきの男と比べれば、善逸の方が注意すべき男ではなかろうか。

「不思議と善逸は怖くないんだけどな。」

「…ひょっとして俺って、男としてみられてないってこと?!」

「あ、なるほど、そういうことかも。」

「納得しないでよ!悲しいじゃん!!」

善逸の言葉に、確かに、と思ってしまった。私にとって善逸は男の人というよりは、弟に近い存在だったのだ。

でも今は何となく、それも違うような気がする。
さっきの私を助けてくれた時の善逸が頭の中に焼き付いて離れない。

「でも、勝手に着いてきたのは善逸だなんて言っちゃってごめんね。…さっきは助けてくれてありがとう。」

善逸は蜂蜜色の丸い瞳で私を数秒見つめた後、顔を赤くして飛び上がった。

「可愛すぎて死にそう!!」

「なにそれ、大袈裟だよ。」

普段は素直にお礼を言ったりしないんだけど。だから善逸も驚いたんだろうと思う。死にそうかどうかは置いといてだけど。

「あれ、なんかいつもと音が違くない?」

「…そう?」

素知らぬ顔をして見せても、善逸には通用しないことなんて分かっている。それでも、今の私にはこの感情を説明出来るほどの余裕は無い。

「絶対違う!何考えてるの?!教えてよ!」

ああ、こんな時だけ自棄に頑固なのはやめてほしい。
私の羽織に縋り付く善逸を振り払おうとするけど、全く離れる気はなさそうだ。

「教えてくれたら離れるから!!」

何を言い出すんだ、と思いながら私は善逸の方を見る。そこに居たのはいつもの善逸でも、さっきの男らしい善逸でもない。
確信を得たように嬉しそうな善逸が居たのだ。彼は私が抱いた感情に気付いていたのだ。

「絶対に言わない!!」

「えー、もしかして言えないようなことなの?」

「教えない!」

どうしても言わせようとする確信犯をなんとか振り切って、私は蝶屋敷へと逃げる様に帰ったのだった。


 

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