短編

□愛妻家でも嫉妬する
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テーブルの上に置いてあった携帯が振動とともに鳴る。私は洗濯物を干していた手を止め、携帯を覗き込んだ。画面には今朝、仕事へと出掛けていった炭治郎の名前が表示されている。

「もしもし?」

「ごめん、用事してたか?」

「ううん、洗濯物を干してただけだよ。」

そうか、と炭治郎は小さく言うと咳払いをする。

「今日の夜、同僚を家に呼びたいんだ。」

なるほど、そういうことか。だからわざわざ電話を掛けてくれたんだ。メッセージアプリだと私は気づかない事が多々あるからだ。

「珍しいね、会社の人を家に呼ぶなんて。」

「まぁ、色々あってな。…一人だけだからそんなに張り切らなくてもいいぞ。」

電話の向こうで炭治郎が悪戯に笑っているのが想像できる。しまった、うきうきしているのが声色に出ていたみたいだ。
そりゃあ、会社での炭治郎の様子を知れる良い機会だと思うと楽しみにもなってしまう。

「炭治郎だってちょっと嬉しそうだよ。」

「俺か?そうだな、ヒツメと電話をしているからかな。」

「っ…もう!」

なんて恥ずかしいことを言って退けるんだこの人は。私は家の中だからまだいいけど、炭治郎は外出先なのだ。炭治郎はこういう台詞をさらっと言えてしまう。結婚してから数年経っても変わらず、炭治郎にはときめかされてばっかりだ。

「お前、出先でも惚気てんじゃねぇよ!丸聞こえだっつーの!」

「ははは、すまない善逸。ヒツメ、じゃあまた後で。」

炭治郎の電話の向こうで別の人の声が聞こえた。もしかして今日来る同僚って今の善逸って人だったりするんだろうか。出先でも、と言っていたけど、もしかして炭治郎って私の居ないところでも普通に惚気てたり…?
もしそうだとしたら、相当恥ずかしい。いや、炭治郎は全く何も思っていないのかもしれないけれど。

私は頭をぶんぶんと振って恥ずかしさを紛らわせると、残っていた洗濯物を終わらせる為にベランダへと戻ったのだった。



「炭治郎、お前…こんな可愛い奥さん居たのかよ…!!」

「だからいつも言ってるだろう。ヒツメは自慢の嫁だって。」

テーブルを挟んで向こう側に炭治郎と同僚である我妻さんが私を見つめてくる。なんか構図がおかしく無いか?これじゃあ私が話のメインみたいじゃないか。
我妻さんが来たのは、会社での愚痴や相談をする為だと勝手に思っていたけど、どうやら違うみたいだ。

「善逸が、どうしてもヒツメのことを一目見たいと聞かなくてな。」

「いや、俺の自慢の嫁だとか毎日のように聞かされてみてよ!気になるだろ!!」

ビールの入ったグラスを煽る我妻さんは大分酔っているらしく、顔が赤い。炭治郎もあまりお酒に強い方ではないけど、我妻さんはそれ以上に弱いみたいだ。

「我妻さん、次は何を飲みますか?」

「善逸は飲み過ぎだ、俺が水を入れてくる。」

「あ、私が入れるよ。」

「ヒツメは座っててくれ、夕食張り切ってくれたからな。」

ふ、と悪戯に笑いながら炭治郎が席を立つ。本当にいつまでもかっこいいなぁ、なんて思いながらキッチンへと消えていく炭治郎の背中を見つめていた。
ふと視線を感じて正面を向くと我妻さんが私をじっと見つめていた。
しまった、今日は我妻さんが来ていたんだった。完全に自分の世界に入っていた。

「ヒツメちゃんは本当に綺麗だねぇ。」

我妻さんはそう言いながら、へらり、と笑う。炭治郎がかっこよすぎて霞んでしまうけど、我妻さんも負けず劣らずかっこいい。きっと会社では二人とも、モテているんだろうなぁと思う。

「そうそう、炭治郎って会社でさ…」

我妻さんはテーブルに前のめりになって、小さめの声で話し始める。炭治郎の会社での様子を聞けるチャンスだ。私は内心わくわくしながらテーブルに体を寄せた。

すると我妻さんは突然手を伸ばしてきて私の髪に触れてきたのだ。私はまさかそんな事をされるなんて思っていなかったから、驚いて固まってしまった。

「ヒツメちゃんさ、炭治郎に飽きちゃったら、いつでも俺のとこ来てね。」

炭治郎とは違う、悪戯な笑みを浮かべて笑う我妻さん。炭治郎に飽きられることはあったとしても、私が炭治郎に飽きるなんて想像出来ない。
まぁ、実際この先どうなるかは分からないけど。

「ふふ、考えておきますね。」

大抵の女の子は、きっと今の笑顔でときめいてしまうんだろうなぁ、なんて思いながら私は無難な言葉で返答する。我妻さんは目を丸くして私を見つめてくる。あれ、私ってば変なこと言ったかな?

「善逸、その手はなんなんだ?」

わぁ!と我妻さんは椅子から転げ落ちそうなほど驚いていた。キッチンから帰ってきた炭治郎は水ではなく、温かい緑茶を淹れてきてくれたようだった。

「違うんだよ、これは魔が差したっていうか…!」

「…魔が差したのか?」

我妻さん、その言葉選びは間違ってると思いますよ。なんてとても言えなかった。その後、お茶を飲んで酔いが覚めた我妻さんを炭治郎と一緒に見送った。

「さて、と。」

「…どうしたの?」

リビングに戻ったところで、炭治郎が少し深い溜息を吐く。振り向くとさっきとはうって変わってちょっと不機嫌そうな表情をした炭治郎が居た。

「善逸にときめいてただろ。」

「我妻さんに?そんなことないと思うけど…?」

「髪まで触らせるなんて、気を許しすぎだぞ。」

髪は不意打ちだったから仕方ないとして、我妻さんにときめいたというのは違うと言い切れる。だってあの時は会社での炭治郎の様子を聞けると思っていたからだ。
私が嘘を言っていないのは炭治郎になら分かるはずだ。

「ときめいたっていうか、我妻さんから私の知らない炭治郎の話を聞けると思って浮かれてはいたけど…。」

わくわくしていたというのなら、それしかない。炭治郎を惚れ直すチャンスだと、どきどきしていたというのもある。

「っていうか、炭治郎がそんなこと言うなんて珍しいね。」

いつも炭治郎が言う言葉はもっと綺麗で、優しいものばかりだ。でも今はなんだか拗ねているような、少し棘のある言い方をしている。
今日はお酒を飲んでいるからだろうか。

「もしかして、嫉妬してる…?」

「っ…別にそういう訳じゃ…」

炭治郎は慌てたようにそっぽを向いてしまった。え、これは絶対嫉妬してたよね。おまけに自分でも気づいていなかったみたいだ。
態度や言葉で炭治郎に愛されているというのはつくづく感じてはいたけど、まさか妬いてくれるとは思ってもいなかった。
なんだか少し嬉しい。

「そっかぁ、炭治郎も妬いたりするんだね。」

ふふ、と笑うと炭治郎は開き直ったように咳払いをして私の腕を強めに引いた。わ、と転けそうになる体を炭治郎がしっかりと抱きとめる。

「勿論、責任取ってくれるんだろう?」

「あの、ちょっと片付けが…!」

少し高い位置にある炭治郎の顔が自棄に清々しくみえるのは気のせいだろうか。そのまま私は炭治郎に、寝室へと連れていかれるのだった。



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