短編

□喧嘩の理由
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「炭治郎、手出してみて。」

私は浮足立ちながら炭治郎に話しかける。蝶屋敷で療養を終えた炭治郎は今日からやっと任務へと復帰するらしい。刀と禰豆子ちゃんが入った箱を背負った少し大きな身体が私の方へと振り向く。

「…こうか?」

炭治郎は嬉しそうに微笑むと手のひらを拡げて見せてくれる。わたしは後ろ手に隠し持っていた小さな桃色の巾着を、剣だこだらけの手に乗せる。

「復帰祝いに金平糖あげる!禰豆子ちゃんと一緒に食べてね!」

「わぁ、ありがとう!良かったなぁ禰豆子。」

禰豆子ちゃんは金平糖が好きだったと聞いたから丁度良かった。街に出かけた時に見つけて買っておいたのだ。炭治郎の背中の箱から、カリカリと音が聞こえる。どうやら喜んでもらえたみたいだ。

「あ、お前また炭治郎に餌付けしてるだろ!」

私の背後から少し高めの声が聞こえる。正面の炭治郎が「善逸も来てたのか!」なんて言う前に気づいていたけど。

「何よ、人聞きの悪い!餌付けじゃないし!!」

「いや、事あるごとに炭治郎に何か渡してるじゃん。それって餌付けだろ。」

ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす善逸。どうしていつも私に突っかかってくるのか。復帰祝いに金平糖を渡しただけだというのに。

「善逸も欲しいのか?」

「はぁ?!別にそんな事言ってねぇだろ!」

「匂いで分かるぞ。」

「あー!あー!そうでしたね!すっかり忘れてたわ!!」

私と炭治郎はきょとんとした顔で善逸を見つめる。何をそんなに怒っているんだろう。そんなに金平糖が欲しかったんだろうか。善逸とは付き合いが長いけどそんな話は聞いたことがない。

「あ、私しのぶさんに用事があるんだった。二人とも、またね。」

任務先での怪我に効く塗り薬を切らしていたから、しのぶさんに貰いに来たのだ。炭治郎に金平糖を渡したのはあくまでもそのついでだ。
私は二人に手を振るとその場を後にした。



「善逸。」

「…なんだよ。」

俺は半分不貞腐れながら炭治郎に応える。炭治郎はというと、呆れたような表情をしていて俺は余計に口を尖らせた。

「もうちょっと素直にならないと駄目だ。」

悔しいが何も言い返せない。自分でも分かっているし、こうして炭治郎に諭されるのもこれが初めてじゃ無い。
ヒツメとは鬼殺隊に入ってから知り合った。それまで女の子に可愛いだとか、付き合って欲しいだとか、直接言えたのにヒツメにだけはどうしても言えなかった。寧ろ、正反対なことばかり口走ってしまう。俺は多分、ヒツメに嫌味ばかり言う奴だと思われていることだろう。

「それが出来たら苦労しないよ…。」

肩を落としながら呟く。炭治郎は少し難しい顔をしながら何やら考え事をしているようだった。

「善逸はヒツメがこのまま誰とも付き合わないで一生を終えると思うか?」

「な、なんだよいきなり!」

一生だなんて、そんな話いきなりされても困る。でも炭治郎は真剣な顔をしていて、俺は冗談を言おうとした口を噤んだ。

「ヒツメがこれまでに何度か恋文を貰っていることは知っているだろう?」

「…え?」

俺は目を見開いて固まった。ヒツメが恋文を貰っている?誰から?一度じゃなく、何度も?
そんな話、俺は知らない。ヒツメからそんな話は一切聞かなかった。

「あんまり放ってると、誰かに取られるぞ。」

心のどこかで、他人事だと思っていた。好きな人が誰かの恋人になるなんて。でも実際はヒツメと俺は恋仲でもなんでもない。誰にも取られないなんて保証はどこにもないのだ。

「分かってるよ…。」

善逸は小さく呟くと、ゆっくりと深呼吸する。やがて両頬を軽く叩いて立ち上がった。自分だってこんな喧嘩ばかりの関係は嫌だ。といっても、善逸が一方的に突っかかっているようなものだけど。

「どこへ行くんだ?」

「廁。着いてくるなよ。」

善逸はそう言うと、廁とは反対方向へと歩いて行く。炭治郎は善逸の背中を静かに見送った。



鎹鴉から新しい任務を受けた私は若干の喜びと、それを上回る憂鬱さに頭を悩ませていた。同級生である善逸と一緒に任務を言い渡されたのだが、何せ善逸は事あるごとに私に突っかかってくる。初めこそは何か悪い事をしたのかもしれないと思っていたのだが、最近ではそれも思わなくなってきた。

「憂鬱…。」

「俺と一緒の任務がそんなに嫌なわけ?」

「びっくりした…!!」

後ろからの声に焦って冷や汗が出る。私は炭治郎や善逸のように何かが長けているわけでは無いのだ。後ろに立っていたのが鬼ならば気づけたかもしれないが、人間だと話は別だ。

「いや、別にそんな事は言ってないんだけど。」

「図星じゃん、音で分かるよ。」

む、と眉間に皺を寄せて口を噤む。確かに今のは嘘だったけど。鬼と会敵するまでお互い、あまり話す事も無かった。口を開けば喧嘩になるのだから当然と言えば当然か。

「な…っ?!」

死角から飛んできた鬼の攻撃に反応できず、足が竦んでしまった。その瞬間、善逸が私を抱えて飛ぶ。

「ぼーっとしないでよ!」

善逸は私をゆっくりと土の上に降ろす。すぐに、ごめん、と謝り私と善逸はすぐに鬼の方へと向き直る。

「善逸、私が懐に入るから首斬れる?」

「はぁ?!危ないだろ、もっと別の方法で…」

「ごめん、お願い!」

善逸の返事を待たずに私は乾いた土を蹴って前へと飛び出す。戦いが長引けば、私達人間の方が不利になる。
残念ながら、私では目の前にいる鬼の攻撃を完全に捌き切る事は出来ないらしい。そうなると私が囮になり、善逸が鬼の首を斬るのが最善だと思ったのだ。

「っ…!」

鬼の腹のあたりに身体を滑り込ませ、きつく握った刀を振るう。見た目に反して、鬼の身体は硬かった。僅かに刃先が食い込んだだけで、鬼はびくともしなかったのだ。もっと勢いをつけて斬らなければ意味が無い。
焦る私を他所に、鬼の首は宙を舞って土の上に落ちた。
善逸の一閃が、速すぎて見えなかった。何かがすごい速さで頭上を掠めていき、振り返ると善逸の背中が見えた。

「善逸!ありがとう、助かっ…」

た、と言おうとした言葉が出てこない。少し離れたところにいた善逸が気づけば私を抱き締めていて、私は驚いて固まってしまった。

「あの…善逸?」

「…良かった。」

間違いなく善逸の声だ。いつもの喧嘩腰はどこへいったのか、ひどく静かだ。抱き締められているため、善逸がどんな顔をしているのか全く分からない。

「ヒツメが死んじゃったら、って本気で心配した。」

「ご…ごめん。そんなに心配されるとは思ってなくて…。」

私の身体に回された善逸の腕に力が入る。ぎゅっ、と抱き締められたかと思えば、すぐに身体が離される。やっと善逸がどんな顔をしているのかが見えた。

「この際だから言うけど、」

緊張した面持ちで、私をじっと見つめる善逸はいつもの彼じゃないみたいで。

「ずっと前からヒツメが好き。だから、」

その蜂蜜色の瞳から目を逸らせない。

「俺と付き合って。」

彼の少し震える声が、真剣さを物語っていた。



「たーんじろー!」

市松模様の羽織に木の箱を背負った後ろ姿に叫ぶ。前を歩いていた炭治郎が足を止めて振り返る。

「随分と嬉しそうだけど、どうかしたのか?」

私は炭治郎の元へ走り寄り、小さな包みを差し出す。炭治郎は不思議そうな顔をしながら、差し出された包みを受け取った。

「このカステラ、美味しかったから炭治郎にもあげる!」

「わぁ、ありがとう!でも善逸に怒られないか?」

「大丈夫、もう私達は食べたから!」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて…。」

炭治郎が申し訳なさそうに私の後ろに視線を向ける。振り返ると明らかに不機嫌な顔をした善逸がいつの間にか立っていたのだ。

「炭治郎に餌付けするなって言っただろ!」

「えー、だってこのカステラ美味しかったんだもん…。」

私はこの美味しさを皆と共有したかったのだ。それに、炭治郎に渡したのは余った三切れのカステラだ。そんなに怒るような量でも無いと思う。

「そんなことして、炭治郎がヒツメに惚れたらどうすんの!!」

善逸が怒るのは当然といった様子で叫ぶ。今更、炭治郎が私に惚れるなんて有り得ないが、善逸からしてみれば気が気でないのだそうだ。

善逸と付き合いだして、私に突っかかってくることが少なくなるかと思いきや、そうでもなかった。変わったことといえば、善逸が怒る理由の殆どに私が関わっている事だろうか。

「炭治郎が私みたいなガサツな女に惚れる訳が無いでしょ。」

「そんなの分からないだろ!っていうかそれは惚れてる俺にも失礼だろ!!」

善逸は汚い高音でぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。

「相変わらず仲が良いなぁ。」

私と善逸を見ていた炭治郎は微笑ましくそう言った。



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