短編

□好かれる努力
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「炭治郎はいいよなぁー…あんな可愛い彼女が居るんだもんなぁ…。」

そう言いながらファミレスのテーブルに突っ伏するのは善逸だ。炭治郎はもう何度目かになる羨望の眼差しに嬉しくなりながらも諭す。

「俺はちゃんと好かれる努力をしたからな。」

「そんなの俺だってしてるわ!!失礼な奴だな?!」

「紋一は女なら誰でもいいんだろ?でもそういうの、女は嫌いらしいぜ?」

ぷくく、と小馬鹿にした笑いをするのは同じく友人の伊之助だ。

「お前いつになったら俺の名前覚えてくれるわけ?!っていうか女なら誰でもいいわけじゃねぇよ!!」

「ふーん…じゃあ誰なら良いんだよ?」

伊之助は善逸の言葉に問い返した。う、と何も言えなくなってしまった善逸を見て、伊之助の表情がみるみる変わっていく。意地の悪い遊びを思いついたような、そんな顔だ。

「別に…誰でもいいだろ。」

「ヒツメだろ?」

「なんでそこでヒツメちゃんが出てくんの。」

「それは炭治郎が…」

炭治郎が、すかさず伊之助の口を塞ぐ。とはいえ炭治郎が伊之助に、何か余計な事を言ったのだと善逸が悟るには十分すぎた。炭治郎の名前はちゃんと言えるんだな、なんて頭の隅で考えながら善逸は深い溜息を吐いた。

「はぁー…。付き合ってなんて言わないから、せめてデートだけでも…。」

「…だそうだ、ヒツメ。」

「いいよ、デートしようよ。」

善逸は分かりやすく目を見開いて固まった。惚れた相手の声を聴き間違えるはずがない。

「え…えええぇ?!?!」

「あれ、私嫌がられてる?」

善逸は店内に響くほど大きな声で即答する。

「滅相もございません!こちらこそよろしくお願いします!!」





そんな成り行きで善逸とヒツメはデートをすることになった。お互い面識もあり、会話もする仲だから、どうとでもなるだろうと思っていたヒツメだったが、実際はそんなことはなく、しっかりと保護者である炭治郎が着いてくる形になった。と言っても、ヒツメ達よりも数メートル離れたところから見守っているだけだったが。

「そんなところで何してるの。」

「お、ヒツメじゃないか!こんなところで会うなんて奇遇だな?!」

「いや、奇遇もなにもないでしょうよ。」

しっかり着いてきてるじゃん、と言っても炭治郎は認めようとしなかった。別に悪いことをしているわけではないが、やはり見られているというのは気になってしまう。

「炭治郎も一緒に行く?」

「何言ってんの!それはだめ!」

ヒツメの後ろから善逸が叫ぶ。あくまでもデートということを忘れてはいけないらしい。そんな感じでヒツメと善逸、二人を見守る炭治郎の三人は大型ショッピングモールへと向かった。この辺りでデートをするといえば、ここしかない。

「あ、私この映画見たい。」

ショッピングモールの入り口に貼られていた大きなポスター。有名なホラーゲームを実写化した映画なのだが、ヒツメはこのホラーゲームが大好きで、何度も繰り返しプレイしていた。

「…いいよ!行こ!!」

善逸は一瞬何か言いかけたようだったが、ヒツメの手を取って歩き始めた。映画エリアの窓口で上映チケットを購入してフードコーナーへと進むヒツメと、それに着いて行く善逸。

「ヒツメちゃんはこういう映画…怖くないの?」

「怖くないよ、前作は3回も観たくらいだし。」

わざわざ自分のことを気遣ってくれたことに嬉しくなってヒツメは微笑んだ。この映画は視聴に年齢制限こそあるものの、そこまで怖くないホラー映画だ。ネット上でのレビューでも全く怖く無いとまで言われ、原作が好きなヒツメは軽くショックを受けたほどだ。
善逸はそれを知らず、ヒツメを気遣って声をかけてくれたのだ。

そのまま上映は終わり、ヒツメは清々しい気分で伸びをする。映画は原作ほどのクオリティは無くとも十分楽しめる内容だった。

「善逸、映画どうだった?……って何してるの?」

少し後ろを着いてきていると思ったヒツメは振り返ると足を止めた。善逸との距離は数メートルも離れていた。心無しか、窶れているように見える。

「ご、ごめん…ちょっと腰抜けちゃった…かも…。」

「ええ?!どうしてもっと早く言わないの!」

ヒツメは今にも座り込んでしまいそうな善逸へと駆け寄ると身体に腕を回して支え、そのまま通路脇に設置されていた椅子へと善逸を座らせる。

「もしかして怖いの苦手だったの?」

「どちらかと言えば苦手…かも…。」

男がホラー映画を観て腰抜かすなんて恥ずかしい。ヒツメちゃんにも嫌われてしまったに違いない。格好良くエスコートしようと思っていたのに、これでは全く逆じゃないか。
善逸は情けないやら悲しいやらで項垂れるしかなかった。

「ありがとう。」

「……へ?」

善逸は自分の耳を疑った。今、お礼を言われた?

「私が観たいって乗り気だったから、合わせてくれたんでしょ?」

「そうだったんだけど…これじゃ格好悪いよ。」

ヒツメはそれを聞いた瞬間、吹き出すように笑った。善逸は今にも泣き出しそうな表情でヒツメを見つめる。

「真剣な表情でそんなこと考えてたんだ?」

「そりゃあ、こんな情けないところ見られたら、考えるでしょ…。」

「私は格好良いと思うよ?」

ヒツメは善逸の顔を覗き込むように体を前に傾けた。前髪から覗く瞳は笑ったせいか少し潤んでいる。善逸はヒツメの突然の動作に驚いて固まってしまう。

「だって私の為に無理してくれたんでしょ?…すごく嬉しい。」

微笑みかけてくるヒツメを見て、善逸は唇をきゅっと閉じた。今、口を開けば、変なことを口走ってしまう。

「あ、でも苦手なものは先に言って欲しいかな。これからは楽しいことも嫌なことも共有したいしさ。」

「これから、って…?」

ヒツメはきょとんとした顔で善逸を見ていた。善逸はヒツメの言っている言葉の意味が分からず、もう一度聞き返した。

「これからって、どういう意味…?」

「え、付き合わないの?」

「ちょっと待って?!いや、待たなくていいんだけど!ってそうじゃなくて!!」

善逸の頭の中はパニックだった。

いつからそんな話になったんだ?今日はデートするだけの予定で、告白なんて全く考えてなかった。そもそもどうして俺がヒツメちゃんのことを好きなのが本人にバレているのか。

「炭治郎が……あっ。」

あ、と言って慌てて話すのを止めたヒツメに、善逸は悟った。概ね、炭治郎がヒツメに何か言ったんだろう。

「炭治郎がヒツメちゃんと俺をデートするように気を利かせてくれたのは感謝してる。でも自分の気持ちは自分で伝えたかったな。」

はぁ、と深い溜め息を吐く善逸をヒツメは不思議そうに見つめる。

「何か勘違いしてるよ。」

「え?」

善逸は落としていた視線をヒツメに戻す。ヒツメは恥ずかしそうに顔を赤らめると困ったように笑いながら言った。

「善逸とデートしたいって頼んだのは私なんだ。」

善逸は思わず、自分の耳を疑った。隣に座るヒツメから嘘をついている音はしなかった。

「だって炭治郎、そんなこと言ってなかったし!」

「まぁ、出来るだけ自然に誘って欲しいってお願いしたからね。」

「なんで俺なんかと…」

デートに誘う理由なんて決まっている。なんなら自分が一番よく分かっている。善逸がヒツメをデートに誘ったのは好意を持っているからだ。
そうだとしても、善逸は信じられなかった。
ヒツメが自分と同じ気持ちであることを。

「…これ夢だったりしないよね?」

「試しに頬つねってあげてもいいけど?」

ヒツメちゃんの無邪気な笑顔が自分に向けられる日が来るなんて思ってもみなかった。俺の気持ちは既に本人にはバレているけど、近々きちんと告白しよう。
善逸はヒツメに頬をつねられながら、固く決心したのだった。



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