長編【蛍石は鈍く耀う】
□1.割れた石
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どうして自分だけが。
独りになってしまった家の中で、強く思う。
自分だけが助かってしまった理由なんて、分からない。
それを考えたところで、何の意味もない。
行き場のない感情が自分の中で蠢いている。
誰か、誰か。
俺を助けてくれ。
〜
「炭治郎、今日も休みだね。」
朝のHRが始まる直前、私は前の席にいた善逸に言った。今日は水曜日。月曜日から炭治郎は学校へ来ていない。連絡してみたものの、体調が悪いとしか返ってこず、幼なじみとしては心配で。
「帰りに寄ってみようと思うけど、善逸はどうする?」
「ヒツメが行くなら、一緒に行く!」
放課後、私と善逸は炭治郎の家へ様子を見に行くことにした。私と炭治郎は家が近くて、小さい頃から一緒によく遊んだ。今も変わらず、学校でもずっと一緒に居る。途中で善逸が転校してきて、それからはよく3人で一緒に居る。
「おばさん、いるかな?」
「まぁ、居なくても禰豆子ちゃんが居るでしょ!」
「善逸は禰豆子ちゃん目当てか。」
「え?それ以外にないよ?」
にひひ、と笑った顔をヒツメに向けて、通学路を歩く。
しばらくして、炭治郎の家の前に着いた。インターホンを鳴らそうとした私の腕を、善逸がいきなり掴んで止めた。
「え、なに?」
「いや、なんか…」
音が…と小さく言うと、善逸は黙りこくってしまう。よく分からないまま、何も言わないので、空いた手でインターホンを鳴らすと、善逸がひどく慌てた。
「ちょ、なんで勝手に…!」
「善逸、何も言わないんだもん。」
インターホンは確かに鳴ったが、応答がない。まだ陽は沈んでいないが、辺りの家には電気が付き始めている。なのに炭治郎の家は電気が1つも付いていなかった。
「いないのかな。」
玄関のドアを軽く引いてみる。それは引っかかる事もなく、カチャ、と軽く開いた。
「え、ヒツメ、入るの?」
「ちょっと見てくる。善逸はここで待ってて。」
おばさん帰ってくるかもしれないし、と言うと私は、するりと暗い家の中へと入る。本当に電気がついていない。体調悪いって言ってたから、寝てるのかもしれない。
炭治郎の家に入るのは久しぶりだが、部屋が変わっていなければ、2階だったはずだ。自分が階段を登る音だけが響いて、少し怖い。
階段を登ってすぐ、禰豆子ちゃんの部屋があって、その隣が炭治郎の部屋のはず。
「炭治郎?」
小さく声をかけてみるが、応答はない。静かに開けて、部屋に足を踏み入れる。ベッドに目をやると、布団に蹲った炭治郎が居た。薄暗い部屋の中、炭治郎の緋い瞳と目が合った。寝ていた訳ではなさそうだ。
「炭治郎、体調悪いって言ってたけど大丈…」
ベッドの側に歩み寄ると、布団の中から手が伸びてきて、私の腕を掴む。
「俺、俺だけが、」
「どうしたの、落ち着いてよ。」
震えている、手。何かに怯えるように炭治郎は私の腕を掴んで離さない。
「おばさんや、皆は?」
炭治郎は家族が多い。おばさんはともかく、弟と妹達は、この時間なら居てもおかしくないはずだ。
「皆、死んだ。俺だけが残って…」
言葉が出なかった。死んだ?こんなに取り乱した炭治郎は初めてから、恐らく嘘ではないんだろう。
「俺だけ生き残ったって、意味ない!」
「っ…そんな事ない!!」
なんて言えばいいのか、どうしてあげたらいいのか分からないが、炭治郎の言葉だけは否定できる。
生き残って、意味が無い事なんてない。
「私は、炭治郎が生きてて良かったって思う。」
炭治郎は瞳を潤わせて私の言葉を聞いていた。後ろで床が軋む音が聞こえて、振り返ると外で待っているはずの善逸が立っていた。
「ごめん、聞こえちゃって…」
「善逸…」
俯いていて、表情は分からなかった。
炭治郎はずっとバイトをしていた。家族に、旅行をプレゼントしてあげるのだと。私に笑顔で言ってくれた。それなのに。
事故だから誰が悪いとかじゃないんだ、と困った様に炭治郎は言った。それはつまり、誰も責めることができない、ということ。
帰り道、善逸は私を家まで送ってくれた。終始黙っていたが、私の家の前に着くと善逸は口を開いた。
「俺もじいちゃんや兄貴が死んじゃったら…」
あんな風になるのかな、と泣きそうな声で言う。私もつられて泣きそうになるが、ぐっと堪える。
炭治郎はいつも笑っていて、家族の事が大好きだった。神様が居るとしたら、どんなに非情なんだろ。初めて見た炭治郎の姿が胸に焼き付いて離れなかった。
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