長編【蛍石は鈍く耀う】

□2.手折られた菫
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炭治郎の家でカレーを作って、リビングでテレビを見ていた。他愛のない話をしていた時、ふと明日の事を思い出した。

「あ、そうだ炭治郎。明日、皆と買い物に行かない?」

私の学校は、もうすぐ文化祭がある。同じクラスの何人かで催しの買い物に行くらしく、明日行かないかと誘われたのだ。

「買い物?欲しいものがあるのか?」

「そういうわけじゃないんだけど…。」

「じゃあ行く必要ないだろう?」

炭治郎は決して怒っているのではない。ごく当たり前かのように。行く意味がないなら必要ない、と言っている。炭治郎は今週ずっと家に居たし、気晴らしになるかと思ったのに。

「俺のことは気にするな。ヒツメが側に居てくれさえすれば、それでいい。」

思考を読まれてしまって、口籠る。本人がそう言うのなら、それでも構わないけれど。

「ヒツメは行くのか?」

え、とソファの横に座る炭治郎の顔を見ると、眉間に皺を寄せている。

「私は行くよ、返事しちゃったし…」

「ふーん…。」

ゆっくりと肩を強く掴まれる。その瞳は怒気を含んでいて、怖い。さっきまでテレビを見て笑っていたのに。

「俺を置いていくのか。」

「違うよ、そういう意味じゃない。」

「じゃあどういう意味なんだ!!」

友達と休日に買い物に行くことが、炭治郎を置いていくことになるの?それは違う、違うと否定したいのに。私を見る炭治郎の赫い瞳が、暗くて怖い。

「男も居るんだろう。」

炭治郎が静かに言う。確かに、男女で行く事になっている。けれど炭治郎とは付き合っている訳ではないし、後ろめたいことでもない。

「居るけど、同じクラスの…」

「だから、なんだ?顔見知りだから大丈夫だとでも?」

駄目だ、話を聞いてくれない。今まで炭治郎に、こんな事は言われなかった。肩を掴む力が強くなって、痛い。

「た、炭治郎…痛い…!」

「っ…!」

はっ、とした炭治郎は掴んだ手を離す。

「…ごめん、ヒツメ…。」

きっと、気が滅入っているだけだ。こんな炭治郎は見たことがない。

「送っていく。」

「大丈夫だよ、すぐそこだし…。」

「送るから。」

強く言われ、何も言えなくなる。炭治郎との家の距離はそんなに離れていない。角を1つ曲がれば、お互いの家が見えるほど。送るなんて距離でもない。

「じゃあ、また。」

私の家の前で、炭治郎は手を振る。その表情は以前のような優しい笑顔だ。炭治郎なのに、炭治郎じゃない。そんな気さえしてくる。
炭治郎が怖い。姿が見えなくなった途端、何故か涙が溢れてきて、頬を伝った。こんな時はいつも炭治郎が、慰めてくれたのに。玄関の前で、しゃがみ込んでしまう。

ふと、携帯が振動している事に気づく。着信が鳴っているようだった。急いで取り出して画面を確認する。そこにはもう1人の友人の名前があった。

「…もしもし。」

『ヒツメ、今、出てこれる?』

静かな善逸の声に何故か安心して、ボロボロと大粒の涙が溢れる。けれど、善逸に心配かけたくない。

「ごめん、お風呂出たばかりだから…。」

適当な嘘を吐いて、その場をやり過ごそうとする。

『炭治郎じゃなきゃ、駄目なの?』

言葉が喉で詰まる。善逸は分かっている。今、私が顔をどんな顔をしているか。

「…そんなことない。」

『じゃあ、俺のことも頼ってよ。』

「大丈夫だから、」

『大丈夫じゃない。』

「本当に、大丈夫だってば…!」

携帯を握り締めて、泣きながら言う。私と炭治郎の事で、迷惑はかけられない。
少し間が空いて、

「大丈夫じゃないよ、だって」

悲しい音がしてる、と声がした。顔を上げると困ったような表情で私を見つめる善逸が立っていた。

「なん、で…」

「ねぇ、炭治郎じゃなきゃ、駄目なの?」

善逸は私と目線を合わせるようにしゃがんで、もう一度聞いてくる。真剣な蜂蜜色の瞳に見つめられて、心臓が跳ねる。

「っ…そんな事言われても、炭治郎以外の人に、頼ったことないんだよ…。」

いつも困った時や、辛い時は炭治郎が側にいてくれた。今まではそれで大丈夫だった。

「俺は、ヒツメを助けたいんだよ。」

善逸が、私の頬に触れる。涙が彼の指を濡らす。この優しさに甘えたい。けれど、炭治郎はどうなる?今まで散々炭治郎に甘えて頼ってきた。あっさりと切り捨てることなんて出来ない。

「私は、前みたいに炭治郎と3人で笑いたい。」

ぐっと歯を食いしばって涙を堪える。善逸は難しい顔をしていたが、頷いてくれた。


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