長編【蛍石は鈍く耀う】

□2.手折られた菫
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翌朝、同じクラスの皆で買い物へ来ていた。朝から集まって、文化祭で使うものを話し合う。内心それどころではないのだけれど。
私達のクラスは絵画の模写をして、展覧するという催しになっている。何人かで、有名な絵画を手分けして模写するのだが、グループ分けを決める段階で、

「えー!俺、ヒツメちゃんと同じが良いんだけど!!」

と、離れたところで善逸の声が聞こえて、どきりとした。昨日の善逸は頼もしかった。今はいつもと変わらないけど。

「我妻は金曜日、委員会だろ?出なかったら冨岡先生めっちゃ怒るじゃん。」

「そんなの、ヒツメちゃんが金曜日じゃなかったら良い話じゃん!!」

友達と騒いでる善逸を見ていると、自然と笑顔になる。結局グループは3人ずつ分かれることになり、私は金曜日に振り分けられた。

買い物が終わり、家までは善逸が送ってくれた。

「ヒツメちゃん、今日楽しそうだったね。笑ってたし!」

「…善逸はグループ分けの時泣いてたね。」

「俺はヒツメちゃんと一緒が良かったの!しかも男3人なんて何も楽しくないし!!」

善逸は拗ねて頬を膨らませている。私は、ふふ、と小さく笑う。暫く歩いていると善逸は私の名前を呼んで、

「もし、ヒツメが傷つけられるような事があったら、俺はそいつを許さないし、その時は遠慮しない。」

と善逸は言った。善逸の言葉に胸が熱くなって、うん、としか返せなかった。善逸と別れ、玄関で靴を脱いで家に上がり、リビングへ入る。
物音を聞いたお母さんがカウンターキッチンから話しかけてくる。

「ヒツメ、炭治郎君に会わなかった?」

突然の炭治郎の名前に、びくりと反応してしまう。

「会わなかったけど…」

「あら、さっき帰ったばかりだから、すれ違うと思ったんだけど。」

それって私が居ない間に、家に来てたってこと…?!

「何の、用事で…」

声が震える。

「炭治郎君に、教科書を貸す約束してたらしいじゃない。勝手に持っていってもらったわよ。」

そんな約束した覚えもない。第一、今日は家に居ないことも知っているはずなのに。

「炭治郎君も大変ね、ヒツメが支えてあげないとね。」

お母さんの表情で分かった。きっと炭治郎は家族の事を話したんだ。テーブルの上には少し大きめのマグカップが2つ乗っている。本当に今さっきまでそこに炭治郎が座っていたのかと思うと、怖くなった。

自室のベッドで横になっていると、携帯が震えた。画面には善逸の名前があった。

「もしもし。」

『あ、ごめんね、文化祭の事なんだけど…』

文化祭の件についての確認の電話だった。善逸と話していると落ち着く。文化祭の準備で金曜日が埋まった事を思い出して、スケジュール帳を通学鞄から取り出す。今月のページを開いた瞬間、喉がひゅっと鳴る。

『どうしたの?』

「ごめん、なんでもない。寝ちゃいそうだから、電話切るね。」

半ば無理やり電話を切って、スケジュール帳に視線を戻す。パステルカラーをベースにした手帳に不釣り合いな真っ赤な油性ペンの線。それは先週の日曜日の欄にバツ印をつけるよう書かれていた。

絶対に自分が書いたものではない。そうなると、これを書いたのはおそらく炭治郎だろう。私は震える手で手帳を閉じた。


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