長編【蛍石は鈍く耀う】
□3.赫い劈開
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放課後。近藤さんは居ないので、2人で作業を進める。同じクラスの吉田君が描いた絵画の下書きを、私が絵の具で塗っていく。簡単なものだし、そんなに大きくもない作品。あまり話したことのない男の子だったから適当な会話をしながら2時間ほど作業をして、ほぼ完成の段階で
「甘草さん、聞いてる?」
視界に手がヒラヒラと入ってきて、我に返る。自分でも気づかない内に手が止まっていたらしい。
「ごめん!なんかぼーっとしちゃって…。」
「今週ずっと浮かない顔してる。なんかあった?」
「そんなことないよ。」
「俺、ずっと見てたから。」
え、と顔を上げると吉田君が真剣な目でこちらを見ていた。
「グループ分けで我妻と甘草さんを離したのも、少し2人だけで話したかったから。」
恐らく、私が常に炭治郎か善逸と一緒に居るから話しかけづらかったのだろう。2人で、ということは近藤さんが来れない事も計算済みか。
「俺、甘草さんの事、ずっと気になってて…。」
「うん。」
「何か悩んでるなら、俺を頼って欲しい。」
頭の隅で、誰かと被る。同じ事を誰かに言われた気がする。だめだ、今朝から頭が重くて偶に意識がふわふわする。咄嗟にその場に座り込んでしまう。なんだろう、これ…。
「甘草さん?!大丈っ…」
「ヒツメに、なにしてる。」
吉田君の慌てる声を遮る、怒気を含んだ声。落としていた視線を上げると、怖い顔の炭治郎が立っていた。
「竈門、甘草さんが…」
「ヒツメに寄るな!」
「大丈夫だから…。」
今にも殴りかかりそうな炭治郎の足にしがみつくようにして止める。普段声を荒げる事なんてないから、すごく怖い。でも今、炭治郎を止められるのは自分しかいない。
「後は私の作業だけだから任せて、また来週学校で。」
とりあえず炭治郎に本気で振り解かれる前に吉田君を帰らせないと。吉田君も普段の炭治郎と違う様子に驚いているようで、急いで教室から出て行く。
「…どうしてそんなに怒ってるの。」
「あいつと2人で何してた。」
「文化祭の準備だよ、」
「2人だけなんて聞いてない!」
炭治郎は再び声を荒げた。近藤さんは用事があったんだから仕方がない、なんて言える雰囲気じゃない。黙って立ち上がり、絵の具や道具を片付ける。今の炭治郎は何を言っても聞いてはくれない。
「昨日、なんとかできるって言ったな?」
低い声が後ろから聞こえる。昨日の電話の会話のことだろうか。言うだけ言って、勝手に電話を切ったのは私の方だ。
「言ったよ。」
炭治郎の足音がこっちに近づいてきて、私は振り返る。すぐ後ろに炭治郎が立っていた。教室の端に寄せてあった机と、炭治郎に挟まれて動けなくなる。
「なに…?」
「じゃあ、やってみせて。」
肩を掴まれて炭治郎の方へ向かされる。私の両脚の間に炭治郎の足が入ってきて、逃げられない。突然のことに、思考が追いつかない。
「っ…なにして…?!」
肩をぐっと押されて、上半身だけ机に押し倒される。炭治郎の赫い目が私を見下ろす。からり、と炭治郎の耳飾りが鳴った。
「なんとかするんだろう?」
「ちょっと、待っ…!」
怖くて、目の前にある炭治郎の胸を引き離そうとするが、びくともしない。それどころか、最も簡単に私の両手は、炭治郎の手に絡め取られて拘束される。その瞳は暗くて光がない。
「こんな細い腕で何が出来るんだ?」
「炭治郎、やめて…!」
拘束された両手は炭治郎の片手で簡単に押さえつけられてしまった。炭治郎が空いた方の手で私の腰を撫でる。
「っん…!!」
声が出てしまって、思わず口をきゅっと結ぶ。
炭治郎がこんな事をするなんて、思ってなかった。炭治郎は私が嫌だと伝えれば、絶対にやめてくれたのに。恐怖と情けなさで涙が出る。
「本気で抵抗しないと、知らないぞ。」
炭治郎の手が腰から下へ滑る。スカート越しの太腿を炭治郎の少し硬い手が撫でる。身体がびくりと震えて、もうだめだ、と思った。自分では到底どうすることもできない。
「……いつ…、」
「…なんだって?」
「助けて、善いっ…!」
言い終わる前に、炭治郎の手が私の口を覆う。その手は震えていた。
「やめろ!」
何かに怯えるように炭治郎の目が揺れている。拘束する力が緩くなったのを感じて逃げ出そうとすると、さっきよりも強い力で押さえつけられた。
「ん、う…?!」
炭治郎は私に口付けた。息が苦しくなって首を振って逃れ、呼吸を整える。
「嫌だ、俺を置いて行くな。」
泣きそうな子どもの様な瞳で、私を見る。息をするのがやっとで、何も言えずにただその瞳を見つめ返す。
「お前、まじでなにしてんの。」
朦朧とする意識の中で、声が聞こえた。炭治郎は視線を声の方へ向けて小さく言った。
「善逸…」
「俺言ったよな?ヒツメを傷つけるなら炭治郎でも許さないって。」
炭治郎は私に覆い被さったまま、動かない。善逸が早歩きで近づいてくる。すぐ側まで来ると、炭治郎の身体を私から引き剥がしてくれた。
「ヒツメがお前にずっと怯えてるの、わかってるんだろ?」
善逸は炭治郎に詰め寄る。私は何とか上半身を起こして落ち着きを取り戻す。
「分かっててこんな事してんの?ヒツメの気持ち考えてんの?!」
善逸の声が段々大きくなって教室に響く。それ以上に、頭が痛い。身体も重たくて、視界が霞む。
「炭治郎を怒らない…で……」
2人を止めなくちゃいけないのに。善逸の声が遠くで聞こえて意識が途切れた。
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