長編【蛍石は鈍く耀う】
□6.紫黄水晶の揺らぎ
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「ヒツメ、お弁当大きくない?」
お昼ご飯を食べようと、お弁当を持っていると善逸がそう言った。
「うん、炭治郎の分も作ってきたの。」
「はぁぁぁ?!なんでぇ?!炭治郎、俺より先にヒツメのお弁当を食べるつもりかよぉ?!」
「本当か?それは嬉しいな!」
騒ぐ善逸を宥めながらお弁当の包みを解いていく。炭治郎も慣れているせいか、善逸の言葉を真に受けていない。炭治郎の視線がお弁当に痛いほど刺さっている。そんなに期待されても困ってしまう。
「そんなに料理得意じゃないけど…少しだけど善逸の分もあるから食べていいよ。」
「本当?!ありがとう、俺、良い嫁さん持ったなぁ…!」
「いつの間に私、彼女から嫁に昇格したの?」
冗談を言い合いながら、手早くお弁当を広げて箸を渡す。善逸はおじいちゃんが作ったお弁当を食べながら、私のお弁当を摘んでいた。
あれから、炭治郎の様子は変わらない。何を考えているのか、さっぱり分からない。それを放っておけない私も私だけど。お昼ご飯しか、ご飯を食べていないなんて分かってしまったら自然と炭治郎の分も作ってあげようと思ってしまった。
「あれ、もういいの?」
炭治郎は突然、携帯で時間を確認すると私が手渡した箸を箸箱へ戻した。
「ありがとう、美味しかったよ。でもごめん、ちょっと用事があるんだ。」
炭治郎はそう言って走るように去っていく。善逸と2人だけになってしまった。
「どうしたんだろう。」
「告白じゃない?」
妙に胸がどきりと鳴る。そっか、炭治郎かっこいいもんね…。炭治郎が告白されるなんて、今更珍しい事じゃない。
「ねぇ、ヒツメは俺の告白、どう考えてるの?」
真剣な声色で善逸は問いかけてくる。私だって忘れてた訳じゃない。炭治郎への話し合いも済んだ。だけど善逸に言っていない事がある。写真の事だ。だけどこれは言ってはいけない。言ってしまえば、この日常も、善逸の炭治郎に対する気持ちも、何もかもが壊れてしまう。
「ごめん、善逸。やっぱり私、付き合えない。」
善逸と付き合う事は出来ない。炭治郎の事があるからだけじゃない。善逸は少し考えて言った。
「脅されてるの?」
ぐっ、と言葉が詰まる。炭治郎から写真の事を言うなとは言われていない。だけど、善逸の告白を断るのは自分の意思だ。
「私が自分で決めたんだよ。私は、善逸も炭治郎も失いたくない。」
善逸は私が思っていたより、ショックを受けた様子じゃなかった。なんとなく予想していたのかもしれない。
「ヒツメの炭治郎に対する気持ちってなに?」
「…え?」
唐突な質問に戸惑う。炭治郎に対する気持ち?
「だって俺の告白に炭治郎は関係ないでしょ?でもヒツメは炭治郎の事を気にしてる。」
「それはそうだけど、」
「脅されてるか、好きか、どっちかじゃないの?」
脅されてる、という言葉が頭に響く。確かにそうだ。ここで善逸に脅されてる、と言ってしまえば、なんとかなるかもしれない。だけど今はそれ以上に。
私が炭治郎を好き?
「ごめん、俺、先に戻ってるわ。」
善逸が立ち上がって歩いていく。表情は見えなかったけど、やっぱり良い気はしないよね…。
2人とも失いたく無いなんて、我儘で自己中心的なのは分かってる。だけど2人とも恋愛感情を抜きして
好きなのだ。一緒に居たいと思う。
だけどそれは私の考えであって、炭治郎も善逸もそうは思っていない。2人はお互いの関係が壊れようと、私と一緒に居たいと思ってる。その時点で私の理想は叶わない。つまりは私がどちらかを選ばなきゃ、2人どころか3人ともバラバラになってしまう。それは皆が望まない事だ。
私はいくじなしだ。どちらか選ぶなんて偉そうな決断が出来ないと逃げてしまっている。善逸の告白を断り、関係が壊れるまでの時間を先延ばしにしている。
ただ、さっきの善逸の言葉が気になる。私が炭治郎を好きな可能性。これに関しては全く意識していなかったことだった。
「ヒツメ?」
声をかけられ、我に返った。視線をあげると炭治郎が目の前に居て、不思議そうにこちらを見ていた。
「ごめん、気付かなくて…!」
「いや、いいんだ。随分と真剣な顔してたな。」
柔らかく笑う炭治郎。善逸のせいで、変に意識してしまう。例え幼なじみでも、酷いことをした相手だ。考えていた内容を聞かれたくなかった私は口を開いた。
「告白でもされてたの?」
ああ、もう。どうしてこんな質問を口走ってしまうんだろう。炭治郎も意外そうな顔をしている。今まで告白の呼び出しでどうだったかなんて聞いたことも無かったのに、今日に限って聞かれるなんて思っていなかったんだろう。
「まぁ、そうだな。断ったけど。」
淡々と話す炭治郎に、内心ほっとした。この安堵は本当に、幼なじみである炭治郎が誰のものにもならない事に対する気持ちなのか。
「なんで断ったの?」
「好きじゃないからかな。」
好きじゃない。少し前の炭治郎の家でのやりとりを思い出す。
『俺はヒツメを好き、じゃないんだろうな。』
炭治郎は好きという感情が分からないんだろうと漠然と思っていた。
「じゃあ、私とは付き合えるの?」
炭治郎は、すごく驚いた顔で私を見ていた。こんな思わせぶりな発言は、普通なら許されないだろう。だけど、いまの炭治郎と私なら、好きという感情を確かめる言葉でしかない。
「……。」
「…たんじ、」
「付き合える、かな。」
辿々しい言葉。炭治郎も分からなくなっているんだ。だけど少なくとも先程の告白してきた相手と、私が、一緒の立ち位置じゃないことだけは分かるんだろう。
「ヒツメと過ごしてきた時間とか幼なじみだからとか抜きにしても、そう思った。」
返答に時間がかかったのは、炭治郎なりに考えたからだろう。炭治郎はあの時と同じ様に困ったように笑った。
「でも俺はヒツメを好きじゃないから関係ない話だったよな。」
あの時、裸の私に胸が痛くなる言葉を吐いた炭治郎に、どうして悲しい声色で『好きじゃない』なんて言うの?って私は思った。
炭治郎は笑いながら、教室に戻ろう、と言って私の前を歩いていく。
好きじゃないと言われて悲しかったのは。
炭治郎の言った言葉に胸が痛くなったのは。
他でもない私の方だったんだ。
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