長編【蛍石は鈍く耀う】

□7.終わらない幼馴染
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「ヒツメ、用事でもあるのか?」

お弁当箱を急いで片付けていると、炭治郎が不思議そうに聞いてくる。

「うん、なんか呼び出しされて。」

「えー、ヒツメちゃん悪い事でもしたの?」

「呼び出されたの、先生じゃなくて、生徒だよ。」

「「え?」」

「ごめん、もう行くね。」

呼び出された時間まであと5分しかない。2人が声を揃えて押し黙る。呼び出しなんてものは、昔から大体ろくな事がない。大概が炭治郎か善逸に関係する内容で、私自身への用件なんて数えるほどしかない。校内を早歩きで歩いて部室棟の裏へ時間通りに着くと、見たことのない女生徒が先に着いていた。

「ごめんなさい、待たせてしまって。」

「いえ、大丈夫です。こちらこそ、先輩を呼び出したりしてごめんなさい。」

私より低めの身長の女生徒は辺りをきょろきょろと確認してから、少し小さめの声で言った。

「甘草先輩は竈門先輩と付き合ってないのにどうしてずっと一緒に居るんですか?」

今回の呼び出しは炭治郎か。それにしてもにこにこと可愛らしい笑顔なのに、なんだか嫌な感じがする言い方をされた。

「幼馴染なんだから、仕方ないじゃない。」

とりあえず、いつものように返答する。幼馴染なんだから、仕方ない。今まで散々口にしたのに、自分で言いながら嫌悪感を抱いてしまう。

「へぇ、そうなんですか。じゃあ竈門先輩から離れてもらえませんか?」

「…え?」

「私、この前竈門先輩に告白したんです。好きじゃないって断られましたけど。」

少し前、炭治郎がお昼休みに告白されていたのは本人からも聞いた。この子が炭治郎に告白した女生徒だったんだ。可愛くて、私よりもずっと女の子らしい。好かれた男の人は悪い気はしないだろう。

「甘草先輩が居ると、竈門先輩と話せないんですよ。彼女いないって言ってたし、私にもまだチャンスはあるってことですよね。」

女生徒は口元に手を当てて、嬉しそうに笑う。さも当然のように話す女生徒。だけど、私だって炭治郎を好きなんだからそんな事を突然言われても困る。

「私は炭治郎から離れない。 」

「え、私の話、聞いてました?」

女生徒は笑顔を張り付けたまま、耳元まで顔を近づけてくる。

「邪魔だって言ってるんですよ。」

容姿からは想像できないほどの低い声。だけど、私もこの子も今は同じ立場なんだからここで怯む訳にはいかない。

「私は竈門先輩の望みなら何でも聞きますよ。甘草先輩も同じ事が言えますか?」

「っ、…。」

何でも聞くって、本気で言ってるのか。何も言えずに押し黙ってしまう。炭治郎は自分の側にいてくれる人が私じゃなくても良かったとしたら。過去に俺から離れないでくれ、と言っていた彼は、私だからそう言っていたんじゃない。私が炭治郎に依存しきっていたからだ。

「なんでもするなんて言われたら迷いますよねぇ。」

「炭治郎はそんな言葉で揺らがない。」

「そうですか?凄く悩んでましたよ。」

告白は断ったと聞いた。凄く悩んでたって、どういうこと…?

「身体の関係でも良かったのにそれも断られたんですよ?もしかして、甘草先輩と竈門先輩が既にそうなんですか?」

目の前の女生徒は嫌味のように言葉を吐く。なんでもすると言ったのに振られたことが気に入らないのか、私の存在が気に入らないのか。

「黙ってちゃ分かりませんよ!」

突然髪を引っ張られて、危うく舌を噛みそうになる。さっきまでの笑顔は嘘だったかのように消えている。強く引っ張られた髪が痛い。豹変した女生徒に驚いて声が出ない。

「竈門先輩の側にいるのを当然のように思ってるその態度が気に食わない…!」

女生徒の髪を掴んでいない方の手が振り上げられる。ぶたれる、と思って目を強く瞑る。だけどいつまでも衝撃はこなくて、代わりに女生徒の驚く声が聞こえた。

「ヒツメに危害を加えるなと言っただろう。」

「あ…、これは、その…!」

女生徒の振り上げた手を炭治郎が掴んでいた。その表情は珍しく苛ついているようだった。女生徒が慌てて掴んでいた私の髪を離す。だけど今更そんな事をしても炭治郎の表情は変わることなく、必死に取り繕う女生徒を睨んでいた。

「ヒツメ、大丈夫か。」

「…うん、全然平気。」

掴まれてくしゃくしゃになった髪を手で整える。女生徒に目を向けると、酷く睨まれていることに気付いた。

「これ以上ヒツメに危害を加える事は許さない。」

炭治郎は私の腕を掴んで歩き出す。振り返ると女生徒は変わらずこちらをじっと睨んだまま佇んでいた。校舎の中へ入ると、炭治郎の足が止まる。

「ヒツメ、すまなかった。」

「炭治郎が謝る事じゃないよ、助けてくれてありがとう。」

炭治郎は何か考えているようで、難しい顔をしていた。

「ヒツメ。」

「うん?」

赫い真剣な瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。そんなに見つめられると緊張してしまう。改まって、どうしたんだろう。

「俺と付き合ってほしい。」

その瞬間、時間が止まったような気がした。


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