長編【蛍石は鈍く耀う】

□8.天竺葵のアイビー
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「俺、絶叫だめなの知ってるよね?」

「え、そうだったっけ?」

「目が笑ってるよぉ!!」

顔を真っ青にした善逸が、電車の中で騒ぐ。学校ならまだしも、公共の場でも構わずに騒ぐなんて。つくづく恥ずかしい男だ。炭治郎が和かに笑いながら善逸の肩を叩く。

「大丈夫だ、ここのテーマパークは絶叫系のアトラクションしか置いてないんだ。」

「訳わかんない!何が大丈夫なの?!ねぇ、それのどこが、何が、どう大丈夫なの?!」

「克服するいい機会だね!」

「やっぱり俺が絶叫苦手なの知ってるじゃん!!」

日本国内でも有名なテーマパークへ行く事になった私達3人は、電車に揺られていた。絶叫アトラクションがメインになっているテーマパーク。炭治郎と一緒に行こうという話になっていたところに、ずるい!俺も行きたい!と話をよく聞かずに言ってきたのは善逸の方だった。

「ねぇ、今からでも引き返せるよ?予定変更して隣の花園とかにしない?」

「却下。」

「酷いよ、ろくでなし!ばか!」

自分から行きたいと話に乗ってきておいて、平気で駄々を捏ねるとは。しかし善逸のお願いが通ることはなく私達3人は無事にテーマパークへと到着した。炭治郎と2人で、叫ぶ善逸を引き摺るように入園させて、アトラクションの列へと並ぶ。

「俺、死なないよね…?」

「死なないだろう、失神はするかもしれないが。」

炭治郎がさらっと怖い事を口にしながら微笑む。善逸の顔がみるみる真っ青になったけど、仕方ない。善逸は自分で行きたいと言い出したのだから。

最初は炭治郎とデートのつもりだったけど、やっぱり3人で外へ出掛けるのも楽しい。善逸は私と炭治郎が付き合い始めたと知っても、今まで通りの付き合い方をしてくれる。炭治郎も、そんな善逸と接していて楽しそうだった。

こんな時間が、ずっと続けばいいのにって思っていた。



暴れる女生徒を押さえ込みながら善逸は私の名前を必死に呼びかけている。テーマパークの冷たいアスファルトの上で座り込む私と、苦しげに横たわる炭治郎。

なんで、どうして。
さっきまで笑ってたのに。

赤くなった腹を押さえながら炭治郎は私の名前を呼んだ。赤い、これは、血…?

「ヒツメしっかりしてよ!炭治郎が本当に死んじゃうよ!!」

善逸の言葉に、頭が状況を理解し始める。炭治郎が死んでしまう?

「き、救急車…!」

我に帰って震える手で携帯を取り出して番号を押す。炭治郎が死んでしまう、早く、早く…!

「炭治郎、もうすぐ救急車来るから!もう大丈夫だから…!」

炭治郎の血で染まった手を握る。怖くなるほど温かい液体で濡れた手が、ぬるぬると滑る。この温もりが消えてしまうなんて、怖くて堪らない。涙がぼろぼろと流れるけど、そんな事はどうだっていい。誰か、誰か。誰でもいいから、助けて、と祈るしか私に出来る事はない。

「…ヒツメが無事で、良かった…。」

「何言ってるの、炭治郎が無事じゃなかったら意味ないよ…!」

炭治郎が弱々しく笑う。刃物を持った女生徒の存在に気づくのが遅れた私は、炭治郎が庇ってくれなかったら確実に刺されていただろう。
炭治郎は握った私の手を強く握り返した。

「好きって、こういうことなんだろうな。」

炭治郎は納得したように弱々しく笑った。

「やめてよ、そんな風に言わないでよ…!」

救急車のサイレンが聞こえる。苦しげに息をする炭治郎が担架で車の中へと運ばれる。救急車の中で救急隊員の人が、もう大丈夫ですよ、と声をかけてくれた。良かった、と思ったのと同時に私の意識はそこで途切れた。


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