長編【蛍石は鈍く耀う】
□(3)まもりたいもの
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「もしかして炭治郎、人を好きになったことないの?」
俺の目の前に座る善逸は信じられないという風に目を見開いている。今は授業中で教室には誰もいない。俗に言うサボりというやつだ。
「ない。だから聞いてるんだ。」
「いつもその理由で告白断ってるもんね。」
善逸と居るときにも、構わずに告白された事もあった。その度に、好きじゃないから、と俺は断っている。
「善逸も似たようなものだろう。」
「俺はヒツメちゃんがずっと好きだもん。」
恥ずかしげもなく、そう言う善逸を羨ましく思う。そんな風に言えたらいいのに。
「炭治郎はヒツメちゃんのこと好きなんだろ?」
心臓がどくん、と脈を打つ。
「いや、俺はヒツメを好きじゃない、と思う。」
「なんでそう思うのさ。」
善逸の言葉に押し黙る。なんでだろう。ヒツメの言う、好きの条件に当てはまらなかったから?
善逸は、んー、と少し考えてから口を開いた。
「炭治郎が自分でそう思うの?」
「ヒツメに言われて、そう思った。」
「それに炭治郎が当てはまるかは別でしょ。」
善逸に言われて、少し納得できた。ヒツメの話すことが俺に当てはまるとは限らない。ただ、一般的にいえば、ヒツメの言っていることも間違っていないのだろう。
「炭治郎が好きって思ったんなら、それでいいんじゃない?」
「でもヒツメを好きかどうかなんて自分でも分からないんだ。」
もう、と少し怒ったように善逸は息を吐く。
「どんだけポンコツなんだよ、お前。」
「でも本当のことなんだ。」
「ヒツメちゃんを好きじゃないと思うって言う度にそんな音させといて何言ってんの。」
ヒツメを好きじゃない。この言葉を、俺は言いたくない。どうしてなのか、俺は分からないままだった。
「そうか、俺はヒツメを好きだったんだな。」
「今更かよ。っていうか、好きかどうか分からないって高校生がする相談じゃないだろ。」
善逸だってヒツメのことが好きだ。俺の相談を聞かずに突っぱねることも出来た。だけど善逸はそんなことはしなかった。俺のことをちゃんと親友だと思って接してくれている。
「善逸。」
「なに?」
「…ありがとう。」
金色の髪を揺らしながら目の前の親友は照れ臭そうに笑った。
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