長編【蛍石は鈍く耀う】

□(3)まもりたいもの
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ヒツメがお弁当を持って走っていく。なにやら生徒に呼び出しされたらしい。俺や善逸の事でヒツメが呼び出されることは珍しくはない。ヒツメに申し訳ないから、俺に渡す物があれば直接渡してくれたらいいのに、とその度に思う。

「ヒツメちゃんに用事かな。」

「ヒツメに?」

「何か緊張してたみたいだからさ。」

善逸の言葉に何だか胸騒ぎがした。俺は立ち上がると善逸を置いてヒツメの後を追った。ヒツメに用事って、誰かがヒツメに告白する、とか?
ぞわり、と自分の中で怒りに似た嫉妬のようなものが湧き上がる。
ヒツメについて行くと、部室棟の裏へと消えていった。聞き耳を立てて、会話を拾う。

「ごめんなさい、待たせてしまって。」

「いえ、大丈夫です。こちらこそ、先輩を呼び出したりしてごめんなさい。」

あの子は、この前俺に告白してきた子だ。笑顔なのに、真っ黒で嫌な匂いがする女の子。ヒツメを呼び出して、どうする気なんだ。
二人の声が小さくて、よく聞こえない。これ以上近づくことは出来ない。

「なんでもするなんて言われたら迷いますよねぇ。」

「炭治郎はそんな言葉で揺らがない。」

「そうですか?凄く悩んでましたよ。」

彼女はヒツメに、詰め寄っているようだった。俺の側にヒツメが居ることが許せない、といったところか。
ヒツメが彼女の言葉に一瞬、狼狽える。悩んでたのは彼女と付き合うかどうかじゃないのに。彼女には悪いが、なんでもする、と言われて俺はヒツメへの気持ちをより強く自覚した。

「黙ってちゃ分かりませんよ!」

彼女が声を荒げたと思うと、ヒツメに掴みかかった。ヒツメの髪を鷲掴みにして凄い形相で睨みつける彼女。そんな状況を見て飛び出さずには居られなかった。

「竈門先輩の側にいるのを当然のように思ってるその態度が気に食わない…!」

彼女が髪を掴んでいない方の手を振り上げる。俺はその手を強く掴んだ。振り向いた彼女が、あ、と声を漏らしてヒツメの髪から手を離す。

「ヒツメに危害を加えるなと言っただろう。」

「あ…、これは、その…!」

彼女は泣きそうになりながら、何か言い訳をしようとしていた。どんなことを言っても俺は許せそうにないが。

「ヒツメ、大丈夫か。」

「…うん、全然平気。」

散々自分はヒツメを怖がらせてきたというのに。他人に酷いことをされて怯えるヒツメを見たくなかった。

「これ以上ヒツメに危害を加える事は許さない。」

何か言いたそうだったが、聞く意味もない。ヒツメの腕を掴んで、校舎の中まで歩く。どうしてこんなことになるんだ。ただ、一緒に居るだけなのに。

「ヒツメ、すまなかった。」

「炭治郎が謝る事じゃないよ、助けてくれてありがとう。」

俺がもう少し強く言っていれば、彼女がこんな行動を起こすことも無かったのかもしれない。あの様子じゃ、まだ諦めていないかもしれない。

「ヒツメ。」

「うん?」

振り返って、ヒツメをじっと見つめる。ヒツメが俺の側に居ることが気に食わないと言うのなら。

「俺と付き合ってほしい。」

俺の彼女なら、俺の側に居る事は当然だ。自分の気持ちを自覚したんだから、遠慮する事はなにもない。


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