番外編

□未来であいましょう
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「♪」

一面、紫。
紫色の花畑。
その中に佇む1人の女性。
雪のように真っ白な肌。肩までと短く緩くウェーブを描いたキャラメル色の髪。
真っ白なワンピースを着た彼女は、紫と緑のなかで唄を紡いでいた。
ソプラノの綺麗な声はとても澄んでいて、それでも以前の彼女よりは劣る声に、背後でそれを聞いていた男は少し残念だと思った。
そしてそんな自分を叱咤する。
以前の彼女と比べるなんて、と。
生まれ変わる前の彼女と、生まれ変わった彼女とを比べるなんて失礼なことこの上ない。
それでなくても彼女は自分が受け継いだ血が、決して濃いものではないということを知っていて負い目を感じているから。
だからこんなことを言えば、彼女はきっと傷ついて、それでも傷ついた自分を見せまいと必死に傷を隠してしまうのだ。

「姫」

男は、唄に区切りがついた所で声をかけた。
女と男の距離は決して近いものではなかったが、少女はピクリと肩を揺らしゆっくりと振り返った。
真っ直ぐに、見つめる紫色の瞳。
それは地面を覆う紫色の花と同じ色だった。

「姫、何してんの? 護衛もつけずに出歩いて…人間に襲われても知らないぜ?」
「平気よ。だって貴方が
いるでしょう?」
「オレは今ついたばっかりだぜ? その前までは1人だったろ」
「……そうね」

目を伏せて、女はごめんなさいと謝った。

「でも、」
「ん?」
「貴方は来てくれたわ。行き先も言わずに屋敷から出た私を、迎えに来てくれたもの」
「まぁ、な」

当たり前だろ? と男は言い、そうね、と姫は目を瞑った。

嗚呼、儚い。

彼女の存在が、儚くて、今にも消えてしまいそうだ。

「姫はオレの事が憎い?」
「……どうして?」
「姫としてここに連れてきたから。姫はあっちで愛した男の子を産んで幸せに暮らしてただろ。それを奪ったのはオレたちノアだ」
「私の夫も子供も生きてるわ。貴方に殺されたわけじゃないわよ」
「でも姫の居場所を奪った」

男に向かって、少女は柔らかく微笑んだ。

「憎いわけ、ないじゃない。血が薄いとは言えこれでも“姫”よ? 称号無き姫、だけれど」
「姫、」
「私たち、もっと早く出逢えればよかったわね。私が子を産む前に…。もっと早く覚醒すればよかったのよ。そうすればこんな感情、知らずに済んだわ」
「姫は、その記憶が重荷なのか?」
「…………後悔しているの」
「後悔?」
「あの人がいるのに貴方
に惹かれているという事。貴方がいるのにあの人と結婚してしまった事」
「姫、オレは」
「私は貴方を愛せなかった、罪深き女です」
「……ッ!」
「ごめんなさい。貴方に姫と呼ばれる資格なんてもっていないのに」

女はそう言って、屈んだ。
手が、咲き誇る紫色の花へと伸び一輪だけその生を断つ。
立ち上がった姫は男へと近寄り、その花を差し出した。

「この花の名を知っている?」
「いや」
「シランよ。紫蘭。ニホンやチュウゴクでしか咲かない花なの」

それがどうしたのかと、男が首を傾げた。

「花言葉は『永遠の愛』そして『変わらぬ愛』。この花言葉のように私の記憶は、確かにその想いを引き継いでいるわ」
「でも姫はオレを選ばないんだろ?」
「………そ、ね。そういうことになるものね。あのね、この花にはもうひとつ、花言葉があるの。それは『薄れゆく愛』」
「ッ…!」
「私たちもこの花と同じ2面性よ。『永遠の愛』『変わらぬ愛』それらを持っているのにその対極の『薄れゆく愛』も持っているの。それは絶対に交わらない。だから今の私は『薄れゆく愛』を持っていて、他のみんなは『永遠』が絶対だと信じてる」

仕方ないのよ、と女は笑った。
彼女はシランを口元まで
持っていき花に口づけて、男に受け取るよう促した。

「私はきっと外れなのね。姫の出来損ない。ごめんなさい」
「なんだよそれ…。謝るなよ。姫が謝ったらオレがどうすればいいのかわかんねぇよ。姫を……抱き締めることも出来ねぇのに」
「未来の私を抱き締めてあげて」
「未来、の?」
「言ったでしょう? 私は外れなの。今の私は表か裏で言えば裏。でもこんなことそう何回もありはしない。未来に行けば、私と貴方はまた惹かれあう」
「未来でも会えるか?」
「ええ、約束よ。貴方と私はまた巡り会うわ。その時は…抱き締めて、離さないであげてね。未来の私の、私じゃない私。彼女にはきっとこんな記憶、蘇りはしないんだろうけど」

きっと深い深い場所でこの記憶は眠るのよ。
そしたら貴方と“私”の2人だけの秘密になるわね。
そう言って笑った姫の笑顔はどこまでも儚げだった。





未来会いましょう


end
(09/01/18)

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