連載2

□痛みの所在
1ページ/2ページ


『Dies nox et omnia』

夜の帳も落ちた頃、荒野に歌声が響いた。
獣たちは息を潜め木々はざわめくことを止めた。弱々しく吹いていた風はついにその息を止め、心なしか焚火さえも炎が小さくなった。そうして皆が皆息を潜めて沈黙を生む様は、まるで歌を聴くためのようにも思えてしまう。
小さく萎み、揺らめくことすら忘れた炎を見つめセフィロスはそっと息を吐いた。
野営中にいきなりいなくなったため、どこに行ったのか少し心配だったのだ。
彼女ほどの力量があれば魔物に襲われても平気だろうが、倒した後血の臭いにつられて他の魔物がやってくれば面倒なことになる。
自分たちの他にはソルジャー3rdや一般兵がいて、彼等はみな連戦続きで疲労困憊だ。今襲われては一晩で全滅してしまうだろう。それでなくともここの魔物は予想よりも中々に手強いというのに。
おとなしく身体を休めていればいいものを、とセフィロスは諦めにも似た思いを抱く。苦言を言った所で、彼女は言うことを聞きやしないからだ。

「アンジールがいれば、な」

男なのに母親と呼ばれ苦渋を浮かべた親友の姿を思い浮かべ、セフィロスは深い哀を帯びた声に耳を傾ける。

『oy suvenz suspirer』

聞いたことのない言葉だったからこの星の歌ではないのだろう。
彼女は違う星から来たのだと言う。彼女の言を本当に信じているわけではないけれど、嘘だとも思ってはいない。だけれど異質だと感じることはなく、逆に惹かれているのも事実だった。そこに恋愛感情があるかどうかはセフィロス自身も分からないが。

『plu me fay temer』

とても綺麗な歌なのに、彼女の歌が届くたび胸の辺りがざわめいて仕方がなかった。







     *








『tua pulchra facies me fay planszer milies.』

悲しい歌だ。
言葉の意味など判らないのにセフィロスはそう思った。
サラサの背後を取ったけれど彼女は未だ気付いていない。気配に聡い彼女が、こんなにも近くにいるセフィロスの存在を認識出来ないのは初めてのことであり、それだけ歌に集中していることが判る。
どうしたものか、とセフィロスが悩んだ時、サラサの肩に立っていたオコジョが男の存在に気付き威嚇するという行動にでた。
サラサの相棒であるこのオコジョの名をレギオンと言うのだが、何故かどうあってもセフィロスになつかなかった。その為セフィロスがサラサに近づく度にこうして威嚇されるのだった。雪のように白い毛を逆立て唸る小さな相棒の様子に気付いたサラサがゆっくりと振り返った。

「セフィ、ロス……?」
「……泣いているのか」
「……え?」

はらはらと溢れ落ち頬を濡らす涙の存在を少女は気付いていなかったのか首を傾げる。
そっと手を伸ばし目尻に溜まる涙を指先で拭えば、肩を占領する小さな存在に噛みつかれたが、セフィロスは気にしなかった。

「なみだ……?」
「悲しい歌を歌っていたな」
「悲しい?」
「あぁ。だから眠れなくてここに来た。胸がざわめいて仕方がない」
「ッ……ごめん。疲れているのに」
「いや、いい。何かあったのか?」

セフィロスの記憶が正しければ、彼女が野営地から姿を消す前はすやすやと気持ちよさそうに眠っていたはずである。それが突然目覚めてから瞬く間に消えてしまったから、何があったのか判らないのだった。

「夢、をみたの」
「夢……とはあれか、寝ている時に見るという願望のようなものだろう?」
「いや、ちょっと違うけど……願望って……。お前は見たことないんだったな……」
「ああ」

当たらずとも遠からずなセフィロスの答えにサラサは苦笑を漏らした。

「私は、な、過去の夢を見たんだ」
「過去の夢?」
「昔実際に体験したことを夢でみた」
「そんなこともあるのか」
「ああ」
「それで奇行に走ったのか」
「奇行って……酷くない?」
「俺にとっては奇行に近い。魔物の力が強まる時間帯に出歩こうなどと愚か者のすることだ」
「う゛……すまない。だって眠れなくなってしまったから」
「どんな夢を見たんだ?」
「……」
「差し支えなければ教えて欲しい。話せば楽になるというのもあるのだろう?」

うろうろとサラサは視線をさ迷わせた。う―とかあーとか小さく呻いて、逃げるようにオコジョを撫でる。気持ち良さそうに青い瞳を細めるオコジョは先ほどセフィロスに威嚇してきた時とは想像もつかないほど愛らしかった。そんなオコジョに苛立ちを覚えたセフィロスが指で弾いてやろうとするとそれを遮るかのようにサラサは語り出す。ポツリポツリと落とされるサラサの声は普段なら考えられないほど弱々しいものだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ