連載2

□想いは柩に詰め込んで
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なんでもない仕草が絵になるような人間というのはいるものだ。立っているだけ。座っているだけ。それだけで絵画の一枚に出来そうな美貌と雰囲気を纏う人間がいる。
とかく自身の周りにはそういう人間が多いとアンジールは思っている。そのうちの一人が視線の先にいるサラサだった。
外を一望出来るガラス張りの窓に身体を預け視線を外へと向けている彼女の、夕日に照らされる憂い顔は言葉には出来ないほど美しい。ここに幼馴染みがいたならば『女神の贈り物』とLOVELESSの一小節でも読み上げただろう。彼女とはじめて対面した時のように。
周囲から女帝と呼ばれるサラサはソルジャー1stの中で唯一の女だ。英雄と名高いセフィロスと並ぶほど剣術や魔法に優れ戦闘能力も他者より抜きん出ており、また見目麗しい美貌を持ちそれを鼻に掛けない性格と人当たりの良さも相まって相当な人気を誇っている。長期任務ばかりで殆どを外で過ごしていた為に今まで女ソルジャー1stという名前だけが一人歩きしていた彼女だが、最近では神羅ビルから任務に行くようにもなり今や知らない人間などいないくらいだった。
だけれどそれが知り合いの多さに直結するかといえばそうでもない。
有り体にいえば声を掛けにくいのである。ただ立っているだけで絵になるような美貌も、神聖視されがちな経歴も、彼女が纏う雰囲気も、その全てが『見ているだけで満足』という錯覚を引き起こさせるのだ。話しかけたいけれど躊躇ってしまう人間というのは多い。少なくともアンジールはその内の一人だった。
絵の心得なんてものはないが、サラサだけはいつまでも飽きずに見ていられた。だから話しかけて彼女という絵画を壊したくない。出来ることならいつまでも見ていたいと思うのだ。

「……アンジール」

静かに名を呼ばれて男ははっとした。視界を僅かに落とせば見上げてくる紫色の瞳と視線が混じりあった。とてとてと近づいてきた女はアンジールの目の前に立つとゆるりと首を傾げた。

「どうした? ぼぅっとして」

問われてアンジールは自身の失態に気付いた。あらぬ方を見ていても彼女の気配を感知する能力は素晴らしく、視線にも敏感だった。他人からの不躾な視線には反応しないサラサだが、アンジールの食い入るような視線には何か思う所があったのだろう。長く見ていたいのであれば、直視するべきではなかったのだ。
あれほど美しかった絵画を自分の手で壊してしまったという罪悪感がアンジールを責め立てる。

「アンジール?」
「あぁ、いや。すまない」
「任務の疲れが出たか?」
「いや……。サラサこそどうした? ここで何をしていたんだ?」
「私? 私は外を見ていたんだ」
「外に何かあるのか?」
「あそこから見る夕焼け空はとても綺麗なんだ!」

手を引かれ向かった先で、アンジールはサラサが先程まで立っていた場所に立たされた。

「な、綺麗だろう?」
「……ああ。綺麗だな」

そこから見た夕焼け空は格別に美しかった。
青い空と折り重なる茜色の空のコントラスト。傾いていく太陽に、頭上から押し寄せる薄闇色も。
だけれど夕日よりも、夕日に照らされる彼女の方が美しいとアンジールは思った。
遠い未来を真っ直ぐに見つめる彼女の瞳は清廉で汚れなくどんな困難にも打ち勝てる強い意志を宿している。吸い込まれそうなほどに澄んだ瞳に反射する穏やかな橙色の光の加減できらきらと反射して見えた。

「今の時期、ここから丁度太陽の沈む位置が良く見えるんだ」
「サラサの特等席か?」
「ああ。ここの連中はあまり景色や自然に興味がないらしいから今の所私だけの名スポットだ」
「戦闘職種だからな。景色に割く余裕なんてないんだろう。仕方ないさ。それにしても良かったのか? 俺に教えても」
「勿論! だってアンジールは共感してくれるだろう?」

輝かしいほどの笑顔に子供のようにきらきらと輝かせた瞳をアンジールに向け、サラサは、内緒だぞ、と人差し指を唇にあてた。

「サラサ、…とアンジールか」

日が落ち薄暗くなった廊下に灯りが点る。それと同時に向こうからやってきたのはセフィロスだった。

「セフィロス、今帰ったのか?」
「ああ。お前達はそこで何をしている?」

アンジールはサラサを見た。サラサはアンジールを見上げ、にこりと笑うとセフィロスに向き直った。

「秘密だ」
「何?」
「アンジールと私だけの秘密!」
「俺は除け者か?」
「当然! アンジールは特別だからな!」

特別。
その単語にどきりとさせられる。きっと彼女にとって深い意味はないのだろうけれど、それでも彼女から発せられた言葉はアンジールにとっては嬉しいものだった。
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