連載2

□茫洋の嘆は深海の底へ
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「ん〜〜気持ちいい――!」

バスタブにたっぷりと注いだお湯の中でサラサは、ん―、と筋肉を解すように伸びをした。ちゃぷちゃぷと揺れる淡い紅色の湯に肩まで浸かると仄かな薔薇の香りが胸を満たした。

「お風呂最高! ね、レギオン」

ぷかぷかと水面に浮かぶプラスチック製の盥の中でレギオンと呼ばれたオコジョは小さく鳴いて同意を示した。盥に満ちた湯の中で、そのしなやかな身体をだらんとだらしなく伸ばし腹を見せて湯に浸かる様はまるで人間のおっさんのようである。動物らしからぬ姿を見せる相棒にくすりと笑いサラサは腹を撫でてやった。

「お前は変わらないな」

サラサが師匠から譲り受けた時から、成長もせず老いることもなくその愛らしい姿でずっとサラサの傍らに居る。
レギオンは動物ではない。師匠が造り出したゴーレムだ。どんな呪文を師匠が使ったのか、ゴーレムたるレギオンはどんなに粉々に壊されても再生し死ぬことはなかった。

「師匠は知ってたんだな。私が死なないってこと。だから師匠はお前をくれたんだ……」

サラサは湯の中で自分の脇腹にそっと指を這わせた。そこには今日、包丁で刺された傷がある。
神羅に反抗するアバランチの殲滅――それがサラサの任務だった。魔物相手に戦うソルジャーにとって武器を持っただけの人間に負けるわけがない。否、負けるほうが難しいのだ。
サラサが傷を負ったのは一重にサラサの自業自得である。
戦場となった現場に居合わせた子供がいた。放っておけと切り捨てたセフィロスの制止を振り切り助けに行った結果、その子供に刺されたのである。5歳くらいの男の子だった。アバランチが彼の親を人質に取り、純粋無垢な子供を脅していたのである。
そのような経緯で受けた傷も今はもううっすらとしか残っていない。皮膚を裂き肉を斬る痛みを覚えているにも関わらず、明日の朝には消えているのだろう。傷痕すら残らずに。
不老不死という言葉がある。言葉の通り、老いず死なず、永遠の命があるという意味だ。
つまるところサラサは“それ”なのだ。否、厳密にいえば不老不死“擬き”である。
サラサと対となるものの攻撃であれば死ぬことは出来るのだ。前の世界ではそうだった。それは判っているけれど、この世界では何が、誰が、対となる存在なのか判らなかった。
けれど――判ってはいても、前の世界で『死』は叶わなかった。背中に致命傷を負って尚死ぬことの出来なかった自分は一体どうすればいいのだろう。
いつだって自分に尋ねている。なのに返ってくる答えは常に同じなのだ。

「判らない、か……ッ……!?」

刹那、ガツン、と陶器で頭を殴られたかのような頭痛に見舞われた。バランスが取れなくなりサラサは咄嗟にバスタブの縁に手を伸ばす。ばしゃんとお湯が飛び散った。
吐き気を催すほどの激痛に頭の中が真っ白な闇に染まっていく。
そこに何かが映し出された。
ライフストリームだろうか、緑色の光が満ちた実験室のような場所だ。白衣を纏った後ろ姿が見える。目の前に並ぶ気味の悪いサンプルの数々。その中の最奥に隠されるようにひとつのカプセルがあった。

「……ッ!?」

何かが、居た。
魔晄の中を漂う銀色の長い髪。繋がれた首。四肢の無い躯。血のような禍々しさを放つ紅い瞳――。

『 ミ ツ ケ タ 』
「ッ……!?」

声がした。
脳内に直接響く、女の声だった。

――『あれ』は、何だ……?

サラサは『それ』を知っているような気がした。
遠い昔、どこかで会ったことがあるような――“懐かしい”感情さえ呼び起こす。
けれどそれは錯覚かもしれなかった。
『それ』はサラサの良く知る彼にとても良く似ていたのだ。
『それ』の唇がゆっくりと動く。
聞いてはいけない。
聞くべきではない。
恐怖にも似た感情が駆け巡る。

『 オ マ エ ハ 』
「ッ……――!!!!」
『 ワ タ シ ダ 』

激痛が限界値を超える。
どぷん、とサラサの身体が湯船の底に沈んだ。







     *








「…………を…………は!」
「…………い………う…………ら」

頭の中でぼんやりと声が反響する。微かに聴こえた話し声にサラサの意識はゆるゆると浮上した。
うっすらと瞼を開けると眩い光に目が眩む。思わず手で顔を隠すと、ぴたり、と話し声が止まった。
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