連載2

□縋る痛み、慟哭は泪に溺れ
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仄暗い闇に浮かぶ人がいて、あ、とサラサはちいさく声をあげた。
眩い銀色の長い髪に闇に負けない漆黒のコートを纏った後ろ姿。
手を伸ばせば届くほど近くに彼はいた。その人影は今はぴくりとも動かない。
クラウド達が必死に追いかけては、いつもこの手をすり抜けていくのに今なら捕まえることが出来そうで。
サラサはぎゅ、とその背中にしがみついた。銀色の絹糸に顔を埋めると、ふわりと不思議な香りが鼻腔を擽る。
とても懐かしい香りだった。――どうして懐かしいと思うのか、解らないけれど。
胸を満たすこの香りも、感じるこの仄かな温もりも。
どうして泣きたくなるのだろう。
心臓がきゅんと痛む。つきんつきんと切ない疼きが波紋を残すのは、知っているから?

あなたはだぁれ?

サラサは男にそう問いかけた。
彼の名前なら知っている。
セフィロスといって世界を破滅に導こうとしているクラウド達の敵なのだ。特に彼の手によって故郷を焼き払われたクラウドとティファにとっては因縁の宿敵ともいえる。
けれどそれは全て聞かされたことだ。セフィロスを説明するにあたってクラウドたちの言うことは確かに事実なのだろう。
理解しているし、サラサも男の野望を阻止すべくクラウドたちと行動を共にしている。
ただ、納得がいかないのだ。
サラサにとってセフィロスは、彼らの説明では足りない何かを持っている気がしてならないのだ。そうでなければ彼を見て心が波打つことなどないだろう。その背中にしがみついて泣きたくなるほど懐かしい感傷に浸れるわけもない。

あなたはだぁれ?

教えて、教えて。
貴方は私にとってどんな意味を持っているのかを。

『――――』

銀色の視界が一瞬にして闇に閉ざされる。
え、と戸惑いの声をあげたサラサの唇は男の唇に塞がれた。
割り込んできた男の舌に口内を犯される。舌が絡み合い、吸われ、鼻にかかった吐息が漏る。互いの唾液が混ざりあう水温が耳に届き羞恥にサラサは頬を朱に染め上げた。
その頬をぽろり、と零れた涙が濡らした。
男のキスをサラサは知っていた。
怒っている時によくされる乱暴で噛みつくような荒々しいキスだ。大抵サラサが彼を怒らせた時にされるもので――……。
記憶はないけれど躯が、心が、覚えている。
唇が離れた。互いの唇は唾液に濡れ、銀色の糸が余韻を残すかのように互いを繋ぐ。
そんなキスをされた後に、サラサは、言うのだ。

ねぇ、やさしいキスをしてよ。

拗ねるように、ねだるように、甘い声で。

覚えているじゃないか。

男は笑った。

……機嫌が悪いのは貴方を覚えていないから? それとも――……。

貴方の傍にいないから? 最後の問いは男の唇に吸い込まれた。
施される優しいキスに、零れた真珠の涙が再びサラサの頬を濡らして――。





「……サラサ、」

揺り起こされてサラサはゆるゆると瞼をあけた。
そこは宿屋の一室だった。カーテンの隙間から零れるまだらもようの光に朝が来たことを知る。
視線を移すとエアリスとティファが困惑とも苦笑ともつかない表情を浮かべてサラサを見つめていた。

「ごめん」
「どうしてサラサが謝るの?」
「寝坊したんでしょう? もう、出発?」

身体を起こそうとしたサラサをティファがベッドに押し留めた。

「ティファ?」
「いいの。まだ時間じゃないから」
「え、?」
「ユフィもまだ寝てる」

エアリスが身体を少しずらすと酷い格好で寝ているユフィの姿が見えた。
枕を抱き締めて『あたしのマテリア〜』と紡ぐ彼女の寝顔は酷く幸せそうだった。

「起こしてごめんね。でもサラサ、泣いてたから」
「え?」

目元を拭ってもサラサには分からなかった。けれど枕にはしっとりと濡れた跡が残っていた。

「恐い夢でも見たのかな」
「――違う、よ」
「え……?」
「多分、幸せな夢だった」
「起こさないほうが良かった?」
「ううん。起こして貰えてよかった」
「そっか」
「こっちこそごめん。二人とも起こしちゃったね」
「気にしないで。もうすぐ起きる時間だし」
「そうそう。それに泣いている子を放ってはおけません」
「ッ……ありがと。私、顔洗ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」

サラサの背を見送ってエアリスはティファに話しかけた。

「ねぇティファ」
「何?」
「幸せな夢であんなふうに泣けるのかな?」
「……さぁ、どうかな」

ティファの静かな声が耐え難い苦痛を孕んでいるのはサラサの呟きが聴こえたからか。

『……セフィロス』

エアリスはそっと視線をカーテンに遮られた窓へと移した。差し込む日の光が、先程よりも強くなっている。
彼を追う旅の始まりが迫っていた。



end
 

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