連載2

□待ち人来たりて
1ページ/2ページ


「邪魔するよ」

ふと耳に届いたその声に花の手入れをしていた少女――エアリスは顔をあげた。
廃れたスラムの教会に一体誰だろう。そう訝しんだエアリスは老朽化した木の板の上を音も立てずに歩み寄ってきた人物を認めてその顔をぱあっと綻ばせた。

「サラサ!」
「久しぶりだな、エアリス」

立ち上がったエアリスは羽のように軽い足取りで駆け寄ると妙齢の女の腰元に抱きついたのだった。

「あ、ごめん。汚れちゃうね」
「構わないさ」
「また来てくれた」
「当たり前だろう?」
「うん! お花たちも喜んでくれてる」
「花だけか?」
「ううん。私も嬉しい!」

そうか、とはにかむサラサにエアリスも頬を染める。
微笑を浮かべたサラサは女であっても見惚れるほどの美貌の持ち主だった。
黒や赤の混じったキャラメル色の腰まである長い髪に整った顔立ち。瞳の色は珍しい紫色で、肌の色は雪のように白い。サラサを最初に見た時、エアリスは彼女を女神と信じて疑わなかったほどだ。
彼女はその時女神らしからぬ、今と同じシックな黒のロングコートを身に纏い全体的に黒で統一されていたけれど、それを払拭するほどの神秘的な神々しさを放っていたのだ。
その衝撃的な出会いから1年。サラサは何度か会いにきてくれた。だけれど半年ほど前から、音沙汰も無かったから彼女は本当に天に帰ってしまったのではないかと、そう思っていたのである。

「えへへ」
「どうした?」
「ううん。ほんとに嬉しいなって。……行こ!」
「ああ」

エアリスはサラサの手を引いて花畑の傍へと導いた。








「へぇ、じゃあその人、本当に自分が予言した通りになっちゃったの?」
「ああ。あまりに的確だったものだから転職を薦めてみた」
「そしたら?」
「えらく落ち込んでしまってな。4日ほどばかり使い物にならなかった」

あれは難儀だったなぁ、とぼやくサラサにエアリスはくすくすと笑った。
サラサはここに来ると外の話をしてくれる。彼女の話は面白くどれも新鮮だった。今のように仕事のなかでの面白い出来事だったり、聞いたことのない神話や童話だったりとバラエティーに富んでいて語りも上手く飽きがこない。エアリスはサラサから話を聞くのが大好きだった。

「ねぇサラサはどんな仕事をしてるの? いっつも教えてくれない」

むぅ、と頬を膨らませたエアリスにサラサは苦笑を浮かべた。

「内緒。エアリスを怖がらせるといけないから。それよりほら、手をだして」

首を傾げながらもエアリスは言われた通り両手を揃えて手を出した。サラサがその上に手を重ねると一瞬にしてチョコレートが現れる。甘い香りがエアリスの鼻を擽った。

「わ、チョコレート! こんなにいっぱい!」
「どうぞ」
「こんなにいいの?」
「ああ。エアリスとエアリスの友達に」
「ありがとう!」

満面の笑みを浮かべたエアリスの両の手のひらの上で山盛りになったチョコレートの金色の包み紙がきらきらと輝いた。

「でもサラサは凄いね。これ、一瞬でだして。手品みたい。どうやったの?」
「企業秘密」
「また、秘密?」
「そう。秘密」

クスクスと笑ってサラサはエアリスの頭を撫でる。
その柔らかな笑顔にエアリスは見惚れた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ