連載2

□今はもう君に届かぬ言葉だけれど
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スラムの教会に訪れたサラサは階段を上り扉の前で足を止めた。そっと双眸を伏せ息を吐く。

「誰もついてくるな。教会に入ったら――殺す」

物騒な言葉を低く暗く言い放つ。言下、背後で僅かに動揺をみせた気配に気づかぬ振りをしてサラサは教会へと足を踏み入れた。監視されている自分に今の言葉は行き過ぎたものだ。けろど今は誰の視線も感じることなく一人になりたかった。
教会にエアリスの姿はない。好機だとサラサは思った。

「ごめんな」

中央の花畑に歩み寄ると一言謝って今が最盛期だと言わんばかりに咲き誇る花たちの中にサラサはそっとその身を埋める。胸を満たす花の薫りが穴の開いた心を僅かに埋めてくれるようにも思えた。
穴の開いた天井からきらきらと零れる陽光。空は遠く太陽も遠いのにそこだけ妙に幻想的に見える。
胎児のように躯を丸めサラサは顔を埋めた。ぎゅっと目を瞑ると脳裏を過るのは同じソルジャー1stとして絆を深めあった親友であり戦友の姿だった。優しくて面倒見がよくて頼りになる、サラサにとって兄のような存在で。沢山の人に慕われていた。
大好きだった。

「アンジール、」

大切だった彼をこの手にかけたのはつい先日のことだ。
腕の中で息を引き取った親友にすがり付いて慟哭をあげることしか出来なかった。

『愛していた』

死ぬ間際に残したアンジールの言葉。
救えなかった。
掬えなかった。
アンジールも、アンジールの好意も、何ひとつ。
気付かなかった。
彼の好意の裏に隠された感情も、それとなくジェネシスが教えてくれていたというのに茶化して本気と受け取らなくて、言葉の意味を真剣に考えることもしなかった。
自分の鈍感さに吐き気がする。

「アン、ジール……」

ねぇ。
貴方の好意に気づいていたら。貴方の想いを受け止めていたら。

――貴方は今ここに居た?

彼の苦しみも葛藤も切望も希望も絶望も一滴残さず飲み干すことが出来たなら。
世界は何か変わっていただろうか――……?

「サラサ?」
「来るなッ!」

可憐な声にサラサは思わず怒鳴り返した。足音が止まり怯えを孕んだ空気が伝わってくる。

「ッ……ごめん」
「ううん、いいよ」
「花も……ごめん。潰してる」
「大丈夫。お花たち丈夫だから」

背を向けたままのサラサにその場でエアリスがしゃがむ空気が伝わった。

「泣いてるの?」
「……泣いてない」
「そっか、うん。……でも悲しいね。お花たちがそう言ってる」
「……」
「ザックスもね、泣いてたよ」
「ザックス……」

ぽっかりとあいてしまった心の穴に耐えきれず、虚ろだったサラサを引き摺ってヘリに乗せたのはザックスだとツォンから聞いている。その時のことは何も覚えていない。セフィロスに会って、ようやく自分を取り戻して。
あの時から一度も会っていない。
苦しいのはザックスだって同じだったはずだ。同じ痛みを抱えていたはずだ。けれどサラサには自分の感情に精一杯でザックスのことまで気にかけてやることが出来なかった。それどころか逆にザックスに気遣われてしまったことが情けなくて。
どんな顔をして会えばいいのか分からず躊躇っている間に彼は休暇でコスタ・デル・ソルへと行ったとセフィロスに聞いた。

「悲しいね」

エアリスの声が反響する。

「苦しいんだ」
「うん」
「寂しいんだ」
「うん」
「救えなかった」
「……」
「私は……弱い……っ」

いくら戦闘で強くとも、大切な友ひとり救えない強さなら、それは強いとはいえない。
地位も名声も賞賛もいらなかった。
欲しかったのは守るための力だった。もう二度と仲間を失わないための力だったのに。

「……わたし、は……!」
「泣いて、いいんだよ」
「っ……!」
「そしたらきっと、」

続くエアリスの言葉は携帯の着信音によってかき消された。
今は一番聞きたくなかった音だ。けれど気づかなかったふりをすることは出来ない。コートの内側から高らかに曲を奏でる携帯を取り出したサラサは表示された発信者の名前に苦い感情がこみ上げてくる。無意識につめた吐息を静かに吐き出して再びポケットの内側に戻す。
音が鳴り止んだと同時にサラサは立ち上がりコートについた花粉を払った。

「エアリス」
「なに?」
「すまない」
「謝られるようなこと、してないよ?」
「うん。でも、ごめん。それと、ありがとう」
「私、何もしてないよ」
「ねぇエアリス」
「なに?」
「花を一輪貰えないだろうか?」
「いいよ」

手渡された一輪の花をサラサは礼を言って受け取った。
両手で握りしめた白い花びらをつけた花がこぼれ落ちた雫を受け取って弾かれたように揺れる。ぽとり、ぽとりと雨のように落ちる涙でこれ以上花を濡らさないようにサラサは天を仰いだ。

ーーアンジール。私はお前のことが好きだったよ。

戦友として、親友として。

「     」

紡いだ言の葉は嘘偽りなんかじゃない。
掬えなかった言の葉と救えなかった貴方に、せめて。





さよならのかわりに、今はもう君に届かぬ言葉だけれど。



愛してる、と。




end
 

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