連載2

□私だけを信じている
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鏡には随分と情けない自分の顔が映っていてサラサは表情を曇らせる。
サラサは悩んでいた。
あの日、御前試合の後。
サラサはセフィロスと体を重ねた。それ自体は別にいい。いや、決して良いわけではないのだが。次の日から問答無用で長期のミッションに飛ばされたのもいいとして。
問題はその後だった。
ミッションを終え帰ってきた後もセフィロスと体を重ねてしまったのである。これがサラサにとっては誤算だった。
セフィロスとは、あの日、一夜限りの身体の関係だとずっと思っていたのだ。いや、そういうニュアンスをセフィロスはあの日の情交で醸し出していた。けれども帰還後すぐ彼の私室に連れ込まれなすすべもなく体を重ねてしまってから今日まで幾度となく流されるままに不明瞭で不毛な関係を続けてしまっている。
先日ツォンにはなんでもないことのように強がって見せたが実際は頭を悩ませている問題だった。
サラサとしては二回目の情交を断りきれなかったことがそもそもの失敗だったと思っている。だがしかし聞いて欲しい。
英雄と謳われるほどの強さを持つあの男に、たとえ女帝と呼ばれていようとも女である彼女には、たとえソルジャーとして身体機能諸々を底上げされていようとも男の腕力にかなうはずなどないのである。

ーーミッション帰りでない万全の状態であれば拒絶できたのだろうか。

けれど、嫌なら抵抗しろと言った彼は、どこか悲しげでいて、それでいてサラサに抵抗されないように彼のほうこそが全力で力を発揮していたような気がする。
疲れ果てた身体と、それからミッション中ずっとあの日の情交の『理由』ばかりを考えていたサラサは、精神的にも疲弊してしまっていて、もうどうにでもなれと体を預けてしまったのだ。その時にみせた、普段は決して表情を変えない彼が、安堵とわずかばかりの喜色を浮かべたことに、わずかに心が揺り動かされたわけでは、決してないのだ。
シャワーを浴びたばかりの髪からポタポタと滴り落ちる水滴をタオルで拭ってサラサは鏡の中の己の瞳を見つめた。
誰かに相談しようか。
でも、誰に?
アンジールもジェネシスも流石に無理だ。彼らはサラサとセフィロスの共通の親友だ。セフィロスが何も言っていなければ自分たちの関係にすら気づいてないだろう。ーーいや、薄々気づいているのかもしれない。時折アンジールの物言いたげな表情といい、ジェネシスの含んだ表情といい直接的には言ってこないにしろ、きっと察しているに違いない。ただ確証がないから言ってこないだけであって。
サラサの脳裏に女の友人の姿が思い描かれたが、あれはダメだと切り捨てる。彼女はーーシスネはタークスの一員だ。ツォンの配下であり、ルーファウスの子飼だ。先日のツォンのように情報を欲しがっているかもしれない。そして弱みを見せればそこからルーファウスが傷口を広げるように手を差し伸べてくるだろう。ーーそれはそれで面白いが。
だがサラサとルーファウスはギブ&テイクーー持ちつ持たれつの関係である。決して肉体関係になることはない。たとえ向こうがそれを望んでいようともサラサは決してそれを望みはしないのだ。
故にシスネは友人であっても弱みを見せれるほど仲がよくなるまでには至らずに、それはレノにも同じことがいえるのだ。
そうなるとサラサが相談できる相手などこの世には誰1人としていなかった。
黒を基調としたソルジャーの服を纏ってサラサはもう一度鏡を見つめる。
ソルジャーの服を着ているはずなのに随分と情けない顔が映っていた。
そこに女帝と言われし女の姿は、ない。

「所詮私はひとりさ」

この世界で生まれたのではないから肉親はいない。
この世界で生きてきたのではないから頼れる人もいない。
ソルジャーとなり築き上げてきた友好関係は、弱みを晒すほどの仲にまで発展しないかった。そういう人間関係しか築いてこれなかったし、またそういう関係だけを望んできたのは他でもないサラサ自身である。

ーーだから私は、私だけの味方で。

そうすれば『裏切り』なんて味わう必要もないから。
親しい存在を失った時の、あの喪失感を、二度と味わうこともないだろうから。
あの『絶望』に触れなくて済むはずだから。ーー今はもう、その感情すら残ってはいないけれど。

「私は、私だけを信じてる」

誰も頼らない。
頼る必要もないくらい、強くなろう。
自分の力だけでも未来を切り開けるように。
サラサは自分にそう言い聞かせる。それが強さであることと信じて疑わなかった。そうでなければ、恋人を信じ親友を信じ家族を信じ、主を信じて戦い敗北した前の戦争から自分は何も学べていないではないか。
もう二度となに一つ失わないために自分は圧倒的なまでに強くなくてはならない。
だから。

「大丈夫」

ーー本当に?

「ああ、大丈夫さ」

自分はひとりでも生きていける。だからこの悩みもひとりでも解決出来る。
長い睫毛で覆われた双眸を伏せ、深呼吸をして。
もう一度見つめたその先に、弱々しいサラサの姿はない。
ソルジャーの服を纏う、凛として気高い女帝の姿が確かにあった。
身に纏う覇気は戦場に向かう戦士のもの。だけれど彼女が向かう先はかの男のもとである。

「決着をつけなければ」

どう転ぶかわからない。
この不毛な関係が終わるのか、それともこれからも続くのか。
もしこの関係が終わったら。その時自分はどう思うのだろう。あの時見せた彼の表情に心を揺り動かされるのだろうか。名残惜しいと思うのだろうか。
それとも。
男の姿が脳裏をちらつき、サラサは振り切るように頭を振って踵を返したのだった。









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