連載2

□Würden Sie bitte mit mir tanzen?
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「おぉ、セフィロス‼」

一応は挨拶に来たのだろう。こんなんでも社長である。
サラサと目が合うとセフィロスは翡翠の瞳が嵌る切れ長の双眸を大きく見開かせた。
おや、とサラサは思った。
彼が感情を表立ってみせることはあまりない。極まれにみることはあるがいつも淡々と、眈々としているから意外でもあった。セフィロスはこんなことくらいで驚かないと思っていたのだ。だからかもしれない。彼の翡翠色の瞳から目が離せなかったのは。

「1stが二人も並ぶと壮観ですな!」

その一言でサラサは我に返った。遠のいていた喧騒が戻ってくる。いつの間にかダンスも終わり拍手喝采が鳴り響いていた。
今のうちに逃げなくてはとサラサは慌ててプレジデントに視線を戻した。その瞬間存外強い力で腕を引かれ、サラサは傾いだ。常ならバランスをとることが出来ても高いヒールだと勝手が違う。
来たる衝撃を覚悟してぎゅっと目を瞑ったがNAME1##を襲ったのはボフリとした形容し難い感覚だった。
目を開けると視界一杯に黒が広がる。セフィロスが纏うタキシードの黒だった。サラサは彼の胸元に頭を埋めていたのである。

「それでは、私たちはこれで」

深みのある声でセフィロスが言った。有無を言わせない声音だった。プレジデントもそれを感じ取ったのか頷くだけだった。
手を引かれ歩き出したサラサは己の手を引く男の背を見つめた。

「セフィロス……?」

様々な思いが交差する視線の中でサラサがポツリと呟いたその声を聞き取ったらしく、男は歩みを止めて振り返った。
シャンデリアの灯りに照らされて銀色の髪が幻想的にきらきらと輝いている。仄かな赤みを帯びた髪が美しかった。
なるほど、とサラサは思った。これならば女性陣の注目の的になるだろう。

「アンジールが心配していた」
……あぁ、会ったのか。あいつには悪いことをした」

彼の気遣う視線は感じていた。途中で無くなったのは仕事に行ってしまったからだろう。セフィロスが会って話したというのなら会場の外にでもいるのだろうか。

「お前が……
「ん?」
「あの男に肩を抱かれている姿は不愉快だった」
「私も不快だったぞ? 視線だけで人を殺せるならあいつは今日だけで百回は死んでるさ」
……そうか」
「それより外の警備はどうだった?」
「不備はない。後は時間をみてジェネシスと交代してやれ」
「解った。ならケーキと料理を包んでもらうか」
……そのまま帰るなよ」
……解ってるって」

真顔で言ってのけたセフィロスにサラサは信用ないなぁと戯けて、肩を竦めてみせた。サラサは内警護が嫌なだけで外警護ならパーティーの終わりまでいてもいいと思っているくらいである。

……セフィロス?」

いつまで立っても離されることのない手にサラサは眉を寄せて相手を見上げた。何故か不機嫌な彼はそれを隠そうともしない。心なしか彼の視線の先は肩であるような気がしてサラサはますます困惑する。

「酔ったのか?」
「まだ一滴も飲んでない」
「ならどうしたんだ?」
「今お前が行けば俺は群がる女たちの餌になる」
……行くな、と?」
「一曲ぐらい付き合え」
「それならそれで終わったあとお前に群がりそうでもあるけど」
「一曲踊ったら俺も外にいくさ」
「いいのか?」
「ジェネシスを中にいれるから問題ないだろう」
「どやされても知らないぞ」
「構わないさ。お前と踊れるならな」
……ん?」

うん? とサラサは首を傾げる。なんだか今ツッコミを入れないといけないような言葉が聞こえた気がしたのだが。
まぁいいかとサラサは気にしないことにした。
どうせ被害はセフィロスに行くのだ。自分は関係ないだろう。

「踊ってやってもいいが、女をその気にさせる誘い文句のひとつも言えないのかお前は」

サラサは彼をからかうようにそう言った。振り回される側のささやかな意地悪だ。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべるサラサは非常に楽しそうに男を見つめる。セフィロスはついと片眉を器用につり上げると口元に小さく笑みを浮かべた。
何かを企むような翡翠の瞳と怪訝な色を宿す紫の瞳の複雑な視線が絡み合う。
そして

「一緒に踊っていただけますか?
レディ」

ベタな誘い文句とともに彼はサラサの、純白の手袋に包まれている手を持ち上げてキスをした。薄い手袋のせいか生地越しにセフィロスの唇の柔らかい感触が伝わった。
刹那、周囲で悲鳴があがった。サラサは気にしなかった。否、気にするだけのゆとりがなかった。予想外の誘い文句にーー悲しいことにレディなんて歳じゃない。柄でもないーー突っ込む余地さえない。
面白そうに喉奥で笑った男は仕返しだと言わんばかりにサラサの手を優しく啄ばんで漸く唇を離した。

「噛、んだ」
「甘噛みと言え。痛くはなかっただろう」
「痛くなかったけど……じゃなくて‼」
「まだ文句があるのか?」

噛むなんて信じらんないというサラサの言に男は薄く笑って、セオリー通りなんて面白くないだろう、と宣った。
面白くない。
その言葉が響いた。確かに型に嵌まった誘いの言葉は聞き飽きたし、面白味に欠ける。普通と違うことは面白くて、退屈しないのだ。
呆然とセフィロスを見上げる。彼は誘いの手を差し出し、サラサの返答を待っていた。

「面白い」

サラサは周囲が戦慄するほど艶やかな笑みを浮かべてセフィロスの手を取った。

「踊るからには下手を打つなよ」
「誰にものを言っている?」
「これは失礼? 銀の貴公子さん?」
「その呼び方はヤメろ」

唇を結んで憮然とした表情のセフィロスにサラサはくすりと笑った。
楽しいパーティーになったと独り言ちながら。





end
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