連載2

□ダークネス・イン・ザ・ワールド
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そこは青白い月明かりだけが差し込む広い部屋だった。薄暗い室内だがソルジャーである彼女にとって、少しの明かりさえあれば常人の倍以上の視力を発揮する。故に視界に不自由はなかった。
ぐるりと辺りを見渡して変わった部屋だとサラサは思った。
均等に造られた幾つもの窓。窓とは反対の窓際にはびっしりと隙間なく家具が並んでいる。王宮にあるような豪華絢爛な装飾の施された家具だった。
窓から差し込む月明かりは部屋の半分にも届かない。窓があるのだから窓際に家具はおけない。だがならばなぜそのような間取りにしたのだろう。あえて明かりを遠ざけるような造りをしている部屋に違和感しか感じない。
不意に風が吹いた気がして、サラサは窓へと視線をやった。
窓辺に男が立っていた。
さらさらと銀色の長い髪が風に遊ばれている。整った容貌は、神が創り出したと言っても過言はないほどで、嫉妬よりも先に諦めと羨望がつく。白色のシャツと黒のスラックスというラフな格好をしているが、男はサラサが知る人物で、サラサは躊躇いもなく近づいた。

「セフィロス」

静かにしっとりと空気を震わせたその凛とした声に、けれど名を呼ばれた男は視線を月へと向けたままだった。

「セフィロス。どうしたんだ? 何故私たちはここにいる?」

それは兼ねてからの疑問であった。何故自身が見覚えのない部屋にいるのかサラサにはわからなかった。一体いつからここにいたのかも。
ふわり、と夏独特の生暖かい風が室内へと入ってきて二人を包んだ。
鼻腔を擽ったのは甘い香りだった。濃厚で甘っとろく、鼻の奥にまとわりつく匂いだ。

「外を見てみろ」

言葉のままサラサは外をみた。
深い森が広がっている。どうやらこの建物は高い位置にあるらしく鬱蒼とした森を見下ろしていた。
男の長い指先が庭をさした。
銀色に照らされる若草と赤い花が風に揺れている。
見たことのない花だった。
茎や葉は百合のようで花弁はたんぽぽの綿毛のようである。たんぽぽよりはふたまわり以上大きく色は赤い。まるで血を吸ったかのように赤い紅い色だった。綺麗と呼ぶにはどこか不気味で可憐と呼ぶには毒々しい。何よりも近寄り難さを持っていた。
少なくともサラサが前にいた世界には存在しない。今の世界ではわからないが。
この、意識を奪いそうなほど甘い匂いはあの花なのだろうか。
確かめる術もなくじっと見つめていると、ゆるりと隣にいた男がゆれた。

「月が綺麗だ」
「セフィロス……

この男に月を愛でる心があったのだろうか。少なくとも今まで共に行動したなかでそれに類似する言動を聞いたことも見たことも無かったサラサは訝しげに男を見上げた。

「今宵は満月だ。美しい夜だ」
「お前……どうしたんだ? 何かの攻撃でも食らったのか? それとも拾い食いでもしたのか?」

セフィロスの言動に得体のしれない恐怖を感じて、この空気を払拭するようにあり得ない言葉を茶化して言ってみる。けれど常ならば、バカにしているのか、と脊髄反射の如く返ってくる言葉も返って来ず男は沈黙を保ったままだ。

……大丈夫か?」

こんな知らない場所で唯一知っている人間の様子がおかしいとなれば流石のサラサでも柔軟な対応は出来ない。
意を決して手を伸ばし彼の額に触れる。その肌は氷のように冷たかった。

「お前……!」
「誘っているのか?」
「は!?」

手首を掴まれサラサは壁へと押し付けられた。目を瞬かせ、見上げるだけのサラサが抵抗しなかったの単に彼が知人でありサラサに男を跳ね除けるだけの力がらあり、また男に殺気も殺意も感じなかったからだ。
翡翠色の宝石のような瞳が月明かりを浴びてきらりと輝いた。
美しく、どこか妖艶な輝きだった。

「満月の夜に男に触れるなど……襲ってくれと言っているようなものだ」
「はぁ!?」
「お前が悪い。オレは触れる気などなかったんだからな」
「ちょっ……ま、はぁ?」

困惑するサラサを余所にセフィロスは押さえつけたまま片手でサラサのワイシャツをはだけさせ露わになった細い首筋に、あろうことか顔を埋めた。
ぬるり、と生温かい湿った何かが首のラインを這う。それが男の舌だとすぐに気付いた。皮膚を這う舌の、その意図がわからずサラサは戸惑う。
冗談なのか本気なのか。どちらにしろようやく芽生えた貞操の危機にサラサが愛刀を顕現しようとした、その時だった。

「あぁあっ……!!」

激痛がサラサを襲う。
皮膚を裂き肉を割ったのは男の牙だった。するどく尖った二本の八重歯がゆっくりと引き抜かれ傷口から溢れでた鮮血が皮膚を伝う。白い肌を汚す赤い血を男の舌が掬い、傷口に唇を寄せ血を啜った。

「うぁっ……!」

激痛で頭の中に火花が散った。意識を保っていられたのは、それ以上の痛みを知っているおかげだった。それでも、一滴たりとも逃すまいと血液を追い求め蠢く舌に不快感は拭えない。

「……変わった血の味がするな。だが悪くはない」

吐息が肌に触れる。

「ッ……この、くそ野郎……!」

サラサの罵倒に男はきょとりと瞬いた。外見に反比例した少年のような幼さがわずかに顔を覗かせる。けれど次の瞬間には元の年相応の精悍な男の顔に戻っていて、唇を歪めて妖艶に微笑んだ。

「面白いやつだな。王であるオレにそんなことを言うとは」
「お、う……?」

男の形の良い唇が空気を震わせる。けれど男の声は遠かった。
思わず伸ばした手は男を殴るためのものだったのか縋り付くためのものだったのか。どちらかはわからない。けれど空を掴んだその瞬間、サラサは気を失った。
















目を覚ましたサラサは飛び起きた。
ベッドのスプリングが激しく軋む。枕の横で丸まって寝ていたオコジョも飛び起きて、サイドテーブルに飛び乗った。

「ゆ、め……?」

呆然とサラサは呟いた。
男に噛まれた首筋に手を伸ばす。傷ひとつない、滑らかな皮膚がサラサの指を迎える。どこを撫でても傷など見つからない。
夢だったというのか。あの花の匂いも夏の匂いも、噛まれた痛みも、全て、すべて。
額に流れる冷や汗を拭いながらぐるりと辺りを見渡せばそこは自身の部屋の寝室だった。ここ数ヶ月で漸く生活味の生まれた場所。間違ってもあのだだっ広い部屋ではない。不安気に鳴くオコジョーーレギオンもいる。
この部屋にひとりではないということがサラサを安堵させてくれた。

「夢だよな、うん。リアリティのある夢だった」

携帯で時間をみれば午前4時を過ぎたあたりだった。起きるには早いが、かといって二度寝をするにはベタベタとした身体が酷く不快だった。異常なくらいにかいた汗にまとわりつく衣類が更に不快感を煽る。
兎に角シャワーを浴びよう。
そう決めてサラサは足取りも重く浴室へと向かったのだった。
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