連載2

□真昼のランデブー
1ページ/2ページ

陽気な鼻歌が熱気が籠るバスルームに響いていた。ざばり、とお湯を被ると薔薇の香りが辺りに漂う。

「昼に入るお風呂は格別だな。なぁレギオン?」

共にバスルームを出、マットの上でふるふると身体を震わせ水滴を払うオコジョにサラサは語りかける。
人語を理解している小動物はきゅう、と上機嫌に鳴き、サラサが彼の上にタオルを被せると慣れた動作で身体を拭いた。その様子を見ながらサラサもバスタオルで手早く身体を拭いて身体に巻きつける。そしてタオルで長い髪を念入りに拭き終わると、リビングへと向かった。
冷蔵庫から冷えたカクテルを取り出し、キッチンに飛び乗ったレギオン用に牛乳を取り出すと、食器棚から小皿を出し注いだ。ちろちろと短い舌で必死に舐める姿を眺めながらサラサは缶口をあけ、一気に中身を煽った。
冷えたカクテルが喉を潤し、火照った身体に染み渡っていく。アルコールだから体への吸収も早い。その分悪酔いもするのだが、ソルジャーというものはアルコールの耐性は一般人の比ではないらしくあまり酔ったりしないのだ。だから浴びるように飲めたりする。
早々と二本目を取り出し今度はちびちびと味わいながらゆっくりと飲む。
至福のひと時だった。

「昼まで寝た。昼に風呂に入ってお酒を飲む」

指折り数えながら、サラサは壁にかかっている時計を見た。時刻はちょうど1時をさしていた。まだまだ休日を謳歌するには十分な時間だった。

「少し遅い昼食を外でとって、買い物をする。夜はお酒の美味しい店を探して、と」

そのどれもが、サラサが長期任務中に心に決めていた「休日になったら絶対やること」であった。
1stソルジャーであっても特殊な立ち位置にいる(ラザード談)らしいサラサは基本的にミッドガルから程遠い辺境地でSSランクの長期任務につくことが多かった。それは数年ほど前にミッドガルに呼び戻されて以降も以前の名残りのよう度々ある。もちろん長期任務中に1stでしか手に負えない任務があれば容赦無く駆り出されるが、そういうのは基本的にセフィロスが赴くらしく、サラサにとっては滅多にないことである。
今回の長期任務はまたしても辺境の地だった。開発されていない未開拓の土地。そこで凶暴化したモンスターの討伐だ。
任務はさほど難しくもなく2ndや3rdの実地指導が主な役割だった。その任務も終わり本社に報告しても一向に帰還命令が出ない。出るまで待機せよ、とのお達しだった。
そこからがサラサにとって地獄の始まりだった。
辺境地。未開発。未開拓。その三拍子が揃った地というのは何もない。ほんとうに、なにも。
暇と退屈を最も嫌いとするサラサは早々にその地に飽いた。
娯楽もなければ買い物出来る店屋も数少なく、生活必需品のみ。
その中で共に来た部下たちと一体何をしていろというのか。
任務に持ち込んだ本も読み飽き、部下とのトランプも飽き、終いには山で狩り(この『狩り』が実は部下達の間で地獄のサバイバルと専らの噂でサラサと長期任務につくことになった兵士達はそれがないようにサラサを飽きさせないために必死なのだが、今回はその甲斐がなかったようである。哀れ部下達)も飽き、一体何をしろという。
一週間過ぎる頃にはサラサのストレス値はピークに達したと言っても過言ではないだろう。
そうして待ちに待った連絡が来て漸く帰還出来るかと思いきやそのまま辺境地に飛ばされる。それを数ヶ月の間に何回繰り返しただろう。部下達はボロボロで最後あたりサラサひとりで任務に臨んでいた。本当に不甲斐ない連中である、とサラサの報告書には書いてあり、これをもってラザードが部下達に労いの言葉をかけたのは言うまでもないだろう。
そして漸く今朝方帰ってきたサラサは待望のベッドで熟睡し、風呂に入り酒を飲むという欲望を叶えたのだった。

「よし! 思いっきりおしゃれして出かけるぞ!!」

ぐっと手に力を入れたら飲みかけの缶がぐしゃりと潰れたが見なかったことにして飲み干すとゴミ箱に捨てる。
たまには化粧してみようかな、なんて考えが浮かんでくるあたりサラサは相当浮かれていたのだろう。

「ーー帰ってたのか?」

気配に敏いはずの彼女が部屋に入ってきた侵入者に気づかないくらいには。
ぎ、ぎ、ぎ、とオイルの切れたブリキ人形よろしく音を立てて振り返ったサラサは視界に入った人物に血の気が失うのを感じ取った。本能が警鐘を鳴らしている。脳内で小人の自分が狂ったように鐘を叩き、その周りをもう一人の小人の自分がぐるぐると走り回りながら逃げろ逃げろと叫んでいる。そんな映像が流れ込んできたが実際にそれに近い心境だった。

「サラサ?」

なにも言わない自分を不思議に思ったのだろう彼がゆるりと首を傾げた。長い銀色の髪が動きにそって流れ目を引く。不覚にもそれに見惚れていた瞬間だった。
ばさり、と音を立てて何かが落ちた。
彼ーーセフィロスの、翡翠色の瞳が床に目をやり、その視線が徐々に上へと上ってくる。同時に無垢だった瞳に、段々と獲物を狩る獣のような物騒な光が宿っていく。ゆるりと弧を描いた口端がなんとも妖艶で獰猛だった。

「ーー誘っているのか」

問うようで問うていない、寧ろ自分を納得させるような、いかにも理解したと言わんばかりの口調で彼は言った。

ーー逃げてー! サラサー超逃げてーー!!

この時ばかりはどんな相手であろうと勇猛に立ち向かうサラサでも脳内で叫ぶミニチュア版自分の声に従った。
敵前逃亡? 笑いたきゃ笑えくそったれ!
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ