連載2

□遠き日の桃源郷
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その日もいつものメンバーで恒例の宅飲みが行われていた。今回はサラサの部屋である。
思い思いに酒を呑み、サラサとアンジールの料理に舌鼓を打つ。会話は多かったり、少なかったり。腹も膨れまったりとしていた時だった。セフィロスがふと、あれはなんだと指をさした。
壁際の小さなテーブルの上に我が物顔で鎮座している細長い棒が4本飛び出している。棒のうち1本にはモコモコとした糸が巻きついていた。

「あああれか、そういえば片付けるのを忘れていたな」
「あれは毛糸か?」
「ああ。買い物に出かけた時目に入ってな」
「何を編んでいるんだ?」
「特にこれといって決めていない。ただ編みたかっただけだから、手の動くまま適当に編んでるよ」

立ち上がったサラサが紙袋を片手に戻ってくる。

「こういうのって男はあんまり興味ないんじゃないのか?」

紙袋の中から棒を取り出すと途中まで編まれた毛糸を広げサラサは言った。長さはちょうどセフィロスの手のひらくらいで、横幅はだいたい30pくらいだろうか。赤色の表面に縄のような模様が編み込まれていた。長くなればマフラーになりそうである。

「ほう、本格的だな」

表面に触れてアンジールが感嘆の声を漏らした。

「アンジールは出来るクチ?」
「いや、俺は母親がやっているのを見たことがあるだけだ」
「へぇ、アンジールの母上殿はやってたんだ」
「棒針ではなくかぎ針だったが」
「かぎ針も簡単だと聞いたけどどうなんだろう? 私はやったことがないがそれも面白そうだ。気が向いたらやってみようかな。レース編みにも興味あるし」
「じゃじゃ馬なお前には繊細なレース編みは似合わないな」

そう言ったのはジェネシスだった。優雅にワイングラスを揺らして鼻で笑った。その姿は絵になっていて美しい。だが言われたほうのサラサはカチンときて何か投げつけてやろうかと思ったが(殴りたくても届かない)生憎と手近な所には食器しかなく渋々諦めた。

「お前は興味なさそうだ。あっても出来ないね、絶対。てか似合わない」
「作るより買ったほうが早いし安い。何をそんなにむきになって作る必要がある?」
「アンジール、今ジェネシスに根本から否定された」
「ジェネシスの家は金持ちだからな。こういうのには縁がないんだろう仕方が無い。セフィロスは興味あるのか?」

先ほどから手持ち無沙汰に毛糸をいじったりちょいちょいと引っ張ったりを繰り返すセフィロスにアンジールがそう声をかけた。

「興味があるのかと聞かれればわからないが実物は初めて見るな」
「「「……は?」」」

彼からの返答に三人は揃って同じ声をあげた。

「初めてみる? 本当に?」
「嘘をついてどうする」
「そりゃそうだが」
「知識としてはあった。棒針編み、かぎ針編み、または指編みなどで毛糸から、セーターや靴下、マフラーなんかを作るのだろう? それなりの技術を用すると聞いてはいたが」

どうりで先ほどから大人しかったわけだとサラサは合点がいった。
セフィロスは戦闘方面に関しては誰よりも長けている。剣の扱い方、マテリアの使い方、軍事論、兵法、ほとんどの知識を持っているといってもいい。その反面その他のことに関しては酷く覚束ない。
例えば料理。たとえ食べたことがあっても自分の好みでないと彼はその料理の名前すら覚えない。料理に使われている食材に関しても、知識はあっても実物と一致しないときもある。魚に関しては壊滅的だ。捌かれていない状態だと名前を当てられるのに切り身になると全くわからなくなるのだ。普通逆だろと突っ込みを入れるところなのだが「普通」でないのが神羅の英雄様なのである。
どうやら毛糸もそれと同じ部類に入るらしい。普段から買い物にもいかない男だ。仕方が無いといえば仕方が無いと言えるのかもしれないが。
しかし。

「今まで手編みのセーターなんか女から贈られたことなかったのか?」
「見ただけで手編みかどうかなんてわかるわけないだろう。それにセーターは着ない」
「ああでも贈られたことはあるんだ?」
「ない」
「マフラーは?」
「ない。それに必要がないだろう。暑苦しい」

まあ確かにミッドガルは一年を通して気温は安定しているからここにいる以上必要ないだろう。また任務のときに巻いていっても邪魔になるだけだ。そもそもマフラーをしたまま戦うソルジャーなどお笑い草である。

「まあセフィロスがマフラーしてたら一気に同じものが流行しそうだな」
「それが手編みだとしたら余計に毛糸は物価変動の煽りを受けて高騰だ」
「生産が間に合わず出荷停止だ。ミッドガルから毛糸が消える」

と、三人揃って随分な言いようである。だが実際現実になりそうなので笑えない。セフィロスがどこどこの服よりもどこそこの服のほうがいいといっただけでその会社が傾く。それほどの影響力を持っているのだ。セフィロスと同じものを共有したいという乙女思考はみな一緒なのである。ちなみにサラサもこれに値するのでセフィロス共々メディアに対する不用意な発言は控えるようにとの御達しが神羅からででいたりする。

「これをどうやって編むんだ?」
「ん? ああ、ここの輪っかに棒針を通して……」

一通りセフィロスの前で説明つきで編んで見せる。回数を重ねる毎に伸びていく編み物にセフィロスが面白いなと呟いた。

「興味あるならやってみたらどうだ?」
「こういうのは男がやるものではないだろう」
「セフィロス、それは偏見というものだ。出来る人はできるし出来なくてもやりたい人はやればいい。男だからとか女だからとかいっていたらやりたいこともできなくなるよ」
「それは……そうだが」
「公が……私の養父みたいな人なんだけど彼は編み物が得意でね。彼が編んでる時はまるで魔法のようで……私はいつも目を輝かせて見ていた気がするよ」
「養父にならったのか?」
「ああ。それに編み方も知っていたからな。わからないとこだけ聞いて。案外感嘆だぞ?」
「みてる限りでは難しそうだが」
「慣れてしまえばそうでもないさ。同じ動作の繰り返しだ。いろんな模様をつけるとなったら少しは難しくなるけど」
「……器用なものだな」
「ありがとう」
「オレもやってみていいか?」
「ああ」

編みかけのそれを最後の目まで編み終えてからそれを手渡した。セフィロスの手元を覗き込みここに針を通して〜と説明する前にセフィロスは手慣れた動作で一目を編んだ。

「できるじゃん」
「見ていたからな」

そういいながら、時折ぎこちないながらもセフィロスは一目二目と編んでいく。
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