連載2

□遠き日の桃源郷
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「二人とも。ここに教え甲斐のない生徒がいる」
「「セフィロスだからな」」
「料理は教えてもできない癖に何でこれは教えなくても出来るんだ?」
「セフィロスなりに興味が沸いたんじゃないのか?」
「つまり料理には興味がない、と?」
「食材から覚えるのが面倒なだけだと思うんだが」
「それは一理あるかも」

三人は黙々と編み物を続けるセフィロスに視線を移した。こちらの話を聞いているのかいないのか視線は常に己の手元に向けられている。着々と山が増えているのは気のせいではないだろう。自分の世界に入り編み物に夢中になってる彼をしばらく放置しようと三人でアイコンタクトを交わし、サラサはジェネシスの空になったグラスにワインを注いだ。

「サラサはどうして急に編み物をやる気になったんだ?」
「んー? なんだかさ、懐かしいなって思って」
「懐かしい?」
「そ。ここにくる前の夢を見て、さ」

何年も前のこの世界にくる前の自分がいた世界の夢を見た。夢を見るのは珍しく、懐かしいと思うのもまた珍しかった。目覚めたときのあのどうしようもない衝動を数日たった今でも鮮明に覚えている。

「私がこの星の生まれではないことは前に言ったろう?」
「ああ。異世界だったか」
「随分ファンタジーな世迷い言だと思ったがな」
「魔法を使えるファンタジー世界の住人が何を言う」
「だがお前の生まれた世界でも魔法は使えたんだろう?」
「使えないってば。イノセンスとノアの能力! それからアクマ!」
「同じだろう」
「同じなものか!」
「まあまあ二人とも落ち着け。それで?」

アンジールが仲裁に入りそれとなく促されてサラサはため息をついた。

「前にも言ったけど私は前の世界の記憶に付随する感情を持っていない。その私が夢に対して懐かしいと感じたんだ。不思議だとは思わないか?」
「今までになかったのか?」
「ない。そもそもあまり夢は見ないんだ。昔の夢は特に、な」

だからこうしてたまに見た時に振り回されるのかもしれないけれど。

「夢では養父が編み物をしていて私も彼に習っているところだった」
「それが懐かしいと?」
「いや、そこまでは何も感じなかったんだが……その続きがあってな」
「続き?」
「……そのあと前の夫にな、マフラーを編んでいたんだよ」

椅子の肘掛けに肘を置き頬杖をついたサラサはそっと目を伏せた。

「夢の中の私はそれはもう幸せそうだった。彼のために何かしてあげたい気持ちーー……今はもう過去に忘れてしまったその感情を彼女はまだ持っていて……。旦那に隠れながらせっせと編んでいたよ。任務の合間、移動中、削れるところは全部削って。今の私はほら、彼らに対するたくさんの感情を何処かに忘れてきてしまった最低な女だからな。その頃の自分も懐かしく思えて……もう一度やってみれば感情そのものを思い出せるんじゃないのかと思ったんだ」
「……結果は」
「惨敗。何も、何一つそれらしいことは思い出せなかったよ」
「……そうか」

こういう時、いっそ記憶がなくて、その頃の感情だけ覚えていたほうが幸せだったのかと思ってしまう。その方が意味のない焦燥に駆られなくて済むだろうから。けれどその時は記憶が無い自分を恨んでしまうのだろうか。
今の自分のように。
普段は何とも思っていなくてもこうして時折思い出したように責める感情を抱くのは。それに対し申し訳ないと頭を下げたくなる衝動に駆られるのは彼女が自分とは違う存在なのだと暗に教えようとしているのではないだろうか。

「サラサ?」
「、すまない。考えごとをしていた」
「いや、いいんだが……大丈夫か? 顔色が優れないみたいだが」
「もう酔ったのか? 女帝ともあろうものが情けない」
「ジェネシス!」
「アンジール。お前は過保護すぎる。女帝は子供じゃないんだぞ」
「そうとも。私は子供でもないし酔ってもいない。まだいけるさ」

サラサは手元にあったワインをぐびりと呷るとずいとジェネシスに差し出した。せっかくジェネシスが暗くなった雰囲気を変えようとしてくれたのだ。それに乗らなくては申し訳ないだろう。テーブルに置かれたグラスにジェネシスが笑みを浮かべて並々とワインを注いだ。

「それで結局編んだマフラーは渡せたのか?」

そう問うたのは意外にもセフィロスだった。手を動かしながらもちゃっかり聞いていたらしい。そして空気は読めなかったらしい。手を休めて今は翡翠色の瞳にサラサを写していた。

「……渡せなかった」
「何故だ?」
「戦争が本格化して、激変する世界に私はいっぱいいっぱいだった。戦争が終わったら渡そうとおもって……結局その戦争であの人は死んでしまったから。本当にバカだよな。出来たらすぐに渡してしまえばよかったのに。夏だったから秋になったら渡そうなんて思うんじゃなかった」
「……そうか」
「でも後悔はしていない。その感情すら今は持っていないんだから」
「持っていないのではなく思い出せないだけだろう?」
「そんなのどっちも一緒だ」
「さらりと自分を責めるのはお前の悪い癖だ」
「別に責めてない」
「どうだか」

鼻で笑われてサラサはムッとした。そもそも何故セフィロスにそこまで言われなければならないのか。自分はただ覆しようのない事実を言ったまでなのに。

「ならオレがお前にマフラーを贈るとしよう」
「「「……は?」」」

セフィロスの一言に三人は耳を疑った。今こいつなんて言った? 三人の表情はみな同じである。というか“なら”ってなんだ“なら”って。なにとどう繋がってるんだ。

「今やってみて意外と面白いことに気づいた」
「お……おう?」
「オレもやってみようと思う」
「う、うん」
「どうせなら誰かに贈る目的で作ったほうが張り合いが出るだろう?」
「そうだが」
「なら決まりだろう」
「いやいやいやそこでどうして私なんだ!?」
「アンジールやジェネシスに贈れというのか?」
「「気持ち悪いからやめてくれ」」
「……だそうだ。オレも男に贈る趣味はない」
「だからってなんで私!? 同じ戦闘職種!!」
「他に誰もいないだろう」

何を言ってるんだこいつはとでもいいうような目で見られてサラサは言葉に詰まる。え、これ私が悪いの? 助けを求めてアンジールとジェネシスに視線をやったが諦めろと言わんばかりに首を振られ、サラサはがっくりと項垂れる。それを受けてセフィロスが不敵に微笑んだ。

「毛糸の高騰が楽しみだな」

どうやらそれも聞いていたらしい。三人は頭を抑えた。
何がセフィロスの火をつけたのか。
けれど。

「色は青で、マフラーじゃなくてセーターが欲しい」

ちゃっかり自分の希望を通しながらもハードルをあげたサラサに

「安心しろ。セットで贈ってやる」

とセフィロスは頼もしい返答を返した。





数日後神羅ビルの英雄の執務室でちまちまと青色の毛糸を編む英雄の姿が見かけられるようになる。そしてその情報は神羅兵からファンクラブ、ファンクラブから一般市民へという順番でかけ渡りたちまち編み物ブームが到来した。結果、毛糸の生産が追いつかず値段が跳ね上がったのは言うまでもないだろう。
何を編んでいるのか、どんな模様を編んでいるのか、誰へ贈るのかーー。様々な情報が飛び交い混乱を極めるのは一週間にも満たない間だったとここに明記しておこう。そして編み上がったマフラーとセーターで一騒動起きるのだが……これは全くの余談である。







end
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