連載2

□まだ見ぬ貴方へ想いをはせる
1ページ/2ページ

目が覚めて、一番最初に目に入った見慣れぬ天井にセフィロスは整えられた柳眉を眉間によせ盛大に顔を顰めた。
ツンと鼻をつく消毒液の臭いにここがどこであるかを否応なく思い出させる。ピッピッと規則正しく鳴る電子音に腕に繋がれた点滴を視界にいれて小さくため息をついた。
ぐるりと辺りを見渡しても人の姿はなくここ科研にはどうやらベッドに横たわったセフィロスしかいないらしかった。
常に誰かが常駐し、あるいは自分がいる時は必ず居るといっても過言ではない宝条がいないことに僅かに気を良くしたセフィロスは胸につけられた心電図のコードを勝手に引き剥がし点滴の針を抜いた。その動作は手慣れたもので躊躇いなどひとつもなかった。
針を抜いた場所からぷくりと血が溢れてきた。そこを親指の腹で拭ってやればすでに血は止まっている。
このソルジャーという身体は熟便利なものである。
人間よりも屈強な肉体に驚異的な治癒力。聴覚も視力も常人よりはるかに優れている。劣っているところなどなにひとつとしてない。
けれどただひとつ難をあげるとすればこの肉体を持つのはセフィロスのみで科研の連中にメンテナンスという名目のもと好き勝手に扱われることだ。
薬や毒物の投与は今に始まったことではない。幼い頃からずっとひとりで耐えてきた。驚異的な治癒力を持っているということは少なくとも簡単には死ねないということである。もっとも科研の連中は意地でも死なせないだろうけれど。その分だけ苦しみは続く。苦痛に耐えながら宝条のあの薄気味悪い高笑いを聞いていなければならないなんて地獄だろう。それでなくともあの声は頭に響くというのに。
だけれどそれももう慣れた。
ひとりでいることの寂しさも、痛みに耐えることの辛さも。
数年前ガスト博士が失踪してから自分の味方は誰もいなくなった。それが慣れてしまえばもう何も感じない。
それでもーー……。
セフィロスは母親譲りだという銀色の髪に縋るようにぎゅっと掴み小さく息をはいてベッドから飛び降りた。脱ぎ捨ててあったシャツに袖を通しボタンを留める。誰にも会わない間に自室へ戻ろうとした時、セフィロスの視界の片隅に宝条のデスクが入った。
主不在のデスクの上には様々な資料が広げられている。その一番上に申し訳なさそうに置かれている厚めの書類がどうしてか気になった。
宝条の性格上たかだか書類に対しそんな置き方をするはずがない。だとすれば他の研究者ということになるのだが宝条の手下でそんな殊勝な性格をした人間を一度も見たことがない。だからだろうか。宝条とは真逆たる性格の人間が宝条に対し置いていったその書類の中身がとても気になった。
普段は見れない資料も今なら見れる。そう思ったセフィロスの行動は早かった。咎められたとしても自分を一人にしたほうが悪いのだ。
資料を手に取り真白な表紙に書かれた一行に目を細める。

「“サラサ”……計画報告書?」

サラサとは人の名前だろうか。
表紙をめくるとぺらりと小さな紙が落ちてきた。

「写真……?」

拾いあげて裏返す。
写真を目にした瞬間、身体に走った衝撃にセフィロスは言葉を失った。
美しい少女だった。
年齢は自分よりも上だろうか。大人びていて、とても整った顔立ちをしている。長く柔らかな髪は自分と同じくらいに長い。
初めてみる、自分とは違うタイプの美しい人間だった。まさに神の造形物と称しても遜色ないくらいに非の打ち所がない。けれど衝撃を受けたのは彼女が美しいからというだけではなかった。
胸の奥がぎゅうと締め付けられる、衝動。
一目惚れという低俗で俗物的なものではない。言葉にするのは難しく、また言葉にするための言葉をセフィロスは知らなかった。
ドクンドクンと高鳴る胸が、こみ上げてくる衝動を抑えきれない。
じっと写真を見つめていると、あることに気づいた。ぱっちりとした大きな目。そこに嵌るのは自分と同じソルジャーの瞳だった。ソルジャーの瞳は一目でわかる。瞳孔が縦長なのだ。

「オレと、同じ……?」

二度目の衝撃がセフィロスを襲う。
宝条はソルジャーはたったひとり、自分だけだと言っていた。それなのに何故、彼女はソルジャーの目を持っているのか。
驚きを隠せないセフィロスは震える手で資料を捲った。そこに書かれた様々な数値ーーそれはかつて見せてもらった自身の値とほぼ同じ値が書かれていた。
常人とは違う『ソルジャー』である自分と同じデータが。

「ソルジャー……?」

ひとりだと思っていた。
この世界で、たったひとりきりだと。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ