連載2

□堕とされた歌姫が唄う破滅のうた
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彼女がこの星で目を覚ました時、彼女の心にはぽっかりと穴があいていた。
どうして自分だけが生き残ってしまったのか。生きろと叫ぶ彼の声が耳について離れない。
守れなかった。親友も家族も、恋人も。今世では絶対に生き残って楽園を築いてみせると誓ったのに。
どうして自分だけが生き残ってしまった。
愛した人もあの醜く美しい、それでも愛しい世界すら失って。
全てを失うぐらいなら彼と共に死にたかった。だって自分だけが生きていても意味がないから。あの人がいて親友がいて家族がいて、そうして自分はようやく呼吸が出来る。たって歩ける。明日を見ることが出来るのに。すべてを奪われてしまっては呼吸がすら出来ずに朽ちていくだけだというのにーー……。





◇◆◇◆◇








「サラサちゃん」

名を呼ばれてサラサはゆるりと顔を上げた。
見上げた視線の先には老婆がたっていた。柔和な表情をした老婆は杖を使ってゆっくりと歩を進めるとサラサの隣りに腰をおろした。

「また唄っていたんだね。姿が見えないから心配したよ……」

老婆の言葉にサラサは静かに双眸を伏せた。

「別に責めているわけじゃないんだよ。なに、わたしもそばで聞きたいと思ってね」

サラサが堕とされた星で目を覚まして一ヶ月前。道端に倒れているところをこの老婆が発見し助けてくれた。
中々目を覚まさないサラサを看病し、目が覚めてからも行くところのないというサラサを彼女の住む家に置いてくれている。心ここに在らずのサラサを何かと気遣い、心を配ってくれる。優しく厳しい人だった。サラサが何日も食事を抜けば無理やりにでも食事をさせ、寝ることを怠れば寝付くまでそばにいた。夜中に泣き叫んで目を覚ますサラサにホットミルクをいれてくれたりと、他人のくせにどうしてそこまでよくしてくれるのだろうと疑問に思えるくらい彼女はサラサに尽くしてくれた。
けれどだからといってサラサが立ち直れるかと言われればそうでもなく、朝起きて老婆とともに極僅かな食事をとりーー老婆にはもっと食べろと怒られるがーーそれから中庭でぼんやりと虚空を眺めて過ごすか、堰を切ったかのように力尽きるまで歌い続ける。そんな生活を繰り返している。そして老婆はサラサの好きにさせていた。歌いたければ唄えばいい。ーー例え彼女の歌声に中庭の植物が狂い咲く能力があったとしても。

「なにか唄ってくれないかね」

老婆は季節外れに実をつけた赤く熟れた苺を摘み取って布で軽く拭うと口の中に放り込んだ。口の中で弾けた果肉は瑞々しく濃厚な甘さを持っていた。老婆が丹精込めて育て収穫した時よりも彼女の唄に導かれて狂い咲き、実を生らせた今のほうがうんと美味しかった。季節外れのブルーベリーもアケビも今が収穫期だと言いたげにたわわに実を生らせている。
彼女はこくりと頷くと哀しい旋律の唄を紡いだ。それでもふわり、ふわり花が綻ぶ。
奇妙な力ではあるが老婆にとってそれは些細なことだった。村から遠く離れた老婆は夫にも先立たれ一人寂しく暮らしていた。村に移り住んではと提案されてはいたが夫との思い出のある家を離れることが出来ずにいたのだ。そこへ道端に倒れている彼女を見つけ若い衆に手伝ってもらい家に運んだ。彼女の存在は今はもう家をでて都会へといってしまった娘を彷彿させ老婆を懐かしくさせる。夫と暮らしていた懐かしさを思い出させてくれる。もっともそれだけではなく、失意にくれた少女を放り出す真似なんて老婆には出来なかったのだ。老婆が少女を放り出したら彼女は簡単に生を放り投げ野垂れ死するだろう。それは火を見るよりも明らかだった。

「気が済むまで唄ったら苺の収穫をしようかね。ジャムを作って村に持って行こう。今年は不出来だったから皆喜ぶよ」

のほほんと老婆はわらう。
彼女が何者でも老婆には関係なかった。








 
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